シューマンのピアノ作品
・・・「印象に残った演奏」は基本的に実演ですが、録音も時々含まれます。
アベッグ変奏曲 Théme sur le nom Abegg varié Op.1 (1829-30)
意欲的デビュー作。架空の女性ABEGGを音名に取り入れた主題をもとに技巧的、幻想的な変奏が繰り広げられる。ロマンティックな第4変奏とフィナーレのピアニズムが特に素晴らしい。
※ 演奏上の注意点: 初版と改定版で何箇所か音の違っているところがあり、特にフィナーレのクライマックスは要注意。
蝶々 Papillons Op.2 (1829-31)
ジャン・パウルの小説「生意気盛り」から着想。12曲の小品集でそれぞれが短く、最初の数曲は場面転換がめまぐるしい印象もある。
★ 印象に残った演奏: 木村徹(1991.6.12 カザルスホール)
パガニーニの「奇想曲」による練習曲集 Studien für das Pianoforte nach Capricen von Paganini Op.3 (1832)
リストの「パガニーニ大練習曲」は1838年の作。明らかにシューマンのこの作品が刺激になったと思われる。第1曲 イ短調にシューマンの考え方がよく表れている。
間奏曲集 Intermezzi Op.4 (1832)
作曲者は「蝶々の拡大版」と言っている。リズムやテクスチュアなどに独創性をもつ作品で、第2曲中間部に「Meine Ruh' ist hin」という言葉(ゲーテの「ファウスト」より)が添えられていたり、第4曲では若い時の歌曲(「羊飼いの少年」)を取り入れたり、第6曲では「アベッグ変奏曲」のモティーフが出現したり、それぞれがかなり個性的な作品と言える。
★ 印象に残った演奏:クリストフ・エッシェンバッハ(LPディスク)
クララ・ヴィークの主題による即興曲 Impromptus über ein Thema von Clara Wieck Op.5 (1833)
低音主題とクララ・ヴィークの「ロマンス Op.3」の二つの主題による変奏曲。この手法はべートーヴェンの「プロメテウス変奏曲」を模倣したものと言える。第4曲の複雑な書法、第7曲のシューマンらしいシンコペーション、第9曲にみられる和音の厚み、第10曲での自由な和声の使用など、魅力的な響きに満ちている。
ダヴィッド同盟舞曲集 Davidbündlertänze Op.6 (1837)
「俗物たちを打ち破り、真の芸術の創造を目指す仲間」。フロレスタンとオイゼビウスなどダヴィッド同盟員の集う、仮面舞踏会の音楽という設定がなされている。「蝶々」とは違って随所に悲劇的な曲調が現れているのも特徴。
★ 印象に残った演奏: 原田絵里香(2011.12.2 カワイ表参道コンサートサロン・パウゼ)
トッカータ Toccata Op.7 (1829-32)
ハイデルベルク大学時代からの着想、高度な技巧を要する難曲。
★ 印象に残った演奏: 佐藤陽一(1995.2.20 ルーテル市ヶ谷センター)
アレグロ ロ短調 Allegro Op.8 (1831)
ソナタの第1楽章として構想された。フンメルの「ピアノソナタ 嬰ヘ短調 Op81」からの影響がしばしば指摘される。
謝肉祭 Carnaval: Scènes mignonnes sur quarter notes Op.9 (1833-35)
ASCHという町の名がモティーフ。様々な登場人物のキャラクターの描き分けが見事である。
★ 印象に残った演奏: ブルーノ=レオナルド・ゲルバー(1977.12.1)
パガニーニの「奇想曲」による6つの演奏会用練習曲集 Sechs Konzert-Etüden komponiert nach Capricen von Paganini Op.10 (1833)
第2曲(パガニーニの原曲:第6番)が面白い。リストはトレモロを忠実に再現しているがシューマンは「演奏する方も聴く方も非常に疲れるから変更」したという話。第4曲はベートーヴェン「英雄」交響曲の葬送行進曲の精神と関連しているらしい。
ピアノ・ソナタ第1番 嬰へ短調 Sonate fis moll Op.11 (1832-35)
初の大規模作品。オーケストラ的表現や楽想の豊かさに独創性を見せる。第1楽章は序奏の感情表現が素晴らしく、続く第1主題はクララ・ヴィークの「幻想的情景―亡霊たちの踊り」の動機が取り入れられ、後の「ファンダンゴ(未完)」の主題と組み合わされた。第2楽章は初期の歌曲の転用、第3楽章はシューマン好みのリズムを用いたスケルツォで、2つの異なったトリオをもつ。フィナーレは重厚な和音で開始されるロンドで、非常に長大だがロマン的情緒をもった傑作と言える。
交響練習曲 Études symphoniques Op.13 (1834-37)
主として変奏曲形式。ヴァイオリンの技巧を採用するなど、ピアノの表現力を拡大してみせた。「遺作」の5つの変奏については演奏することについての賛否が分かれる。フィナーレはマルシュナーの歌劇「聖堂騎士とユダヤ女」から「誇らしきイギリスを祝う」が用いられており、この曲が献呈された英国の作曲家ベネットへの賛辞であると言われている。
★ 印象に残った演奏: ブルーノ=レオナルド・ゲルバー(1971 渋谷公会堂)
ピアノ・ソナタ第3番 ヘ短調 Sonate f moll Op.14 (1835-36)
「管弦楽のない協奏曲」として1836年に出版した曲を改編。改訂版では第2主題でリズム的な特徴がはっきりするようになった。第3楽章はクララ・ヴィークの主題による変奏曲であり、この主題に表れる5度の下降音形で作品が構築されている。この下降動機は他にも「ピアノソナタ第2番」「子供の情景」「幻想曲」「花の曲」など多くの曲に表れる。
幻想小曲集 Phantasiestücke Op.12 (1837)
標題音楽として書かれた曲集の傑作。技巧的にもシューマン最盛期の熟練が感じられ、(演奏にはよるだろうが)全曲を通して演奏されても長いと感じることがない。
★ 印象に残った演奏: スヴィャトスラフ・リヒテル(抜粋,LPディスク)
子供の情景 Kinderszenen Op.15 (1838)
楽想は平易だが「大人のために書かれた作品(シューマン)」。
クライスレリアーナ Kreisleriana Op.16 (1838)
E.T.A.ホフマンの小説に出てくる「楽長クライスラー」に由来する。シューマンのピアノ曲中の最高傑作と称されている。
★ 印象に残った演奏: ウラディミール・ホロヴィッツ(CD録音)
幻想曲 ハ長調 Phantasie Op.17 (1836-38)
ロマン派ソナタのひとつの新しい形がここにある。当初は「廃墟」「凱旋門」「星の王冠」というタイトルが付けられていたが削除された。
★ 印象に残った演奏: スヴャトスラフ・リヒテル(1981.1.23 昭和女子大学人見記念講堂)
アラベスク Arabeske Op.18 (1839)
2つのエピソードを持つロンド形式。コーダが素晴らしい。
花の曲 Blumenstück Op.19 (1839)
J.チセルは「主題のない変奏曲」と評した。主題は「子供の情景」との関連性があり、のちのブラームス「クラリネットソナタ第1番」とも関連するという説がある。実はこの動機はバッハ、さらにもっと古いコラールが原型らしい。磯部周平氏の研究が参考になる。
フモレスケ Humoreske Op.20 (1839)
自由な形式で中規模・即興的な作風を示す。構成のとらえ方が難しく、演奏によっては全体の長さが印象付けられることもある。
★ 印象に残った演奏: ウラディミール・ホロヴィッツ(CD録音)
ノヴェレッテン Novelletten Op.21 (1838)
「短編小説」のこと。「やや長めの冒険物語集(シューマン)」。
ピアノ・ソナタ 第2番ト短調 Sonate g moll Op.22 (1833-38)
作品番号ではピアノソナタの最後にあたるが、実際は第1番とほとんど同時期に、そして第3番の前に書かれた。これは込み入った事情で出版が遅れたためと言われる。第2版で終楽章がクララの要望もあって変更された。
★ 印象に残った演奏: ブルーノ=レオナルド・ゲルバー(LPディスク)
プレスト ト短調
ピアノ・ソナタ第2番のフィナーレとして最初に書かれた作品。スピード感と情熱が素晴らしく、単独の作品としてしばしば演奏される。
夜想曲集 Nachtstüke Op.23 (1839)
兄エドゥアルト病死の前に、不思議な死の予感に満たされて作曲。第3曲のピアニズムは印象に残る。
ウィーンの謝肉祭騒ぎ Faschingsschwank aue Wien Op.26 (1839-40)
最初の3曲はウィーン滞在中に書かれた。作品が献呈されたシモナン・ドシールにシューマンは「ロマン的な大ソナタ」「ロマン的な陳列品 ein romantisches Schaustück」と説明したらしい。
3つのロマンス Drei Romanzen Op.28 (1839)
第2曲は「美しい愛の二重唱」」とクララが評した。
4つの小品 Vier Clavierstücke Op.32 (1838-39)
スケルツォ、ジーグ、ロマンス、フゲッタの4曲からなる。
ペダル・フリューゲルのための練習曲 Studien für den Pedal-Flügel, Op.56
(1845)
カノン形式で書かれた魅力的な作品。編曲も多く、連弾版(ビゼー)、2台ピアノ版(ドビュッシー)のほかクラリネット編曲版などもある。
子供のためのアルバム Album für Jugend Op.68 (1848)
43曲からなる小品集。第1部(1-18)は「年少者のために」、第2部(19-43)は「年長者のために」という内容になっている。
4つのフーガ Vier Fugen Op.72 (1845)
対位法の勉強をクララと行った時期の作品。
4つの行進曲 Vier Marsche Op.76 (1849)
ドレスデンにおける革命への心情的支援として書かれた。
森の情景 Waldszenen Op.82 (1848-49)
シューマンには珍しい、自然の中の気分を描写した曲集。「予言の鳥」「別れ」はロマンティックな名曲である。
色とりどりの作品 Bunte Blätter Op.99 (1838-49)
14曲の小品集。別の曲集のために意図されていた曲も少なくない。
3つの子供のためのソナタ Drei Clavier-sonaten für die Jugend Op.118 (1853)
シューマンの3人の娘のために書かれた。
音楽帳 Albumblätter Op.124 (1832-45)
全20曲。各曲相互の関連はない。
幻想小曲集 Fantasiestücke Op.111 (1851)
デュッセルドルフ時代の名作。第1曲と第3曲がハ短調、第2曲が変イ長調という調の並びが興味深い。
朝の歌 Gesange der Frühe Op.133 (1853)
第1曲の冒頭モティーフが全5曲を支配。最後のピアノ曲として作曲。
主題と変奏 変ホ長調 Variationen über eigenes Thema Es dur (1854)
1854.2.17夜に「天使から送られてきた主題(実はヴァイオリン協奏曲第2楽章と酷似)」を書きとめ、自殺未遂ののちに変奏が書かれた。シューマンの絶筆。
ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54 Konzert für Klavier und orchester a-moll op.54 (1845)
ピアノと管弦楽のための「幻想曲(単一楽章」から18年をかけて完成。第1楽章は単一の主題から構成され、冒頭のピアノの衝撃的な登場、展開部でのクラリネットとピアノのロマン的な対話、自作の固定されたカデンツァなどが特徴である。第2楽章は「間奏曲」でピアノとオーケストラの対話風に進んでいき、中間部ではチェロの美しい旋律をピアノの伴奏が支える。全体ができた時は各楽章は離されていたらしいが、第3楽章への素晴らしい移行部が加えられたということである。第3楽章はピアノによる輝かしい主題で開始、リズム的な特徴を持つ第2主題との対比が見事である。
ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 Klaviertrio Nr.1 d-moll, Op.63
ピアノ三重奏曲 第2番 ヘ長調 Klaviertrio Nr.2 F-dur, Op.80
ピアノ三重奏曲 第3番 ト短調 Klaviertrio Nr.2 gmoll, Op.110
ピアノ四重奏曲 Klavierquartett Es-dur Op.47
ピアノ五重奏曲 Klavierquintett Es-dur Op.44
参考文献
Beaufils, Macel; La musique pour piano de Schumann, Editions Phebus, 1979 (邦訳 『シューマンのピアノ音楽』 小坂裕子・小場瀬順子訳) ムジカノーヴァ、1992
Chissell, Joan; Schumann(Master Musicians Series),. M Dent & Sons Ltd; Subsequent、London, 1989
do, Sshumann Piano Music, British Broadcasting Corporation, London, 1972(邦訳 『シューマン/ピアノ曲』千倉八郎訳、日音楽譜出版社、1982)
Walker, Alan; Schumann Faber and Faber, London,1976 (邦訳 『大作曲家シリーズ シューマン』 横溝亮一訳、東京音楽社、1986)
属啓成 『シューマン 音楽写真文庫』音楽之友社、1967
西原稔 『シューマン 全ピアノ作品の研究』 音楽之友社、2013
藤本一子 『作曲家◎人と作品シリーズ シューマン』 音楽之友社、2008
若林健吉 『シューマン 愛の苦悩の生涯』 新時代社、1971
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