シューベルトのピアノ連弾作品
(重要な作品についてのみ記載します)
連弾という演奏形態は、現代の我々が考えるより、かつてはかなり生活に浸透したものだったと思われます。人々は音楽を、現代人が放送やレコードで楽しむように気軽に「演奏」という手段で楽しんでいたと言えるでしょう。その響きの豊かさから、モーツァルトやベートーヴェンの交響曲などを編曲して楽しむことも古典派時代から流行していたのですが、本格的な連弾作品を残した作曲家としてシューベルトの名は忘れることができません。
シューベルトの連弾作品は、「シューベルティアーデ」と呼ばれた友人たちとの演奏会などを目的として書かれたものと言われていますが、当時のウィーン社会で連弾が流行していたこともあって、その数は非常に多くなっています。
3つの英雄的行進曲 D 602
第1曲 Allegro moderato、2/2拍子、ロ短調。重々しい足取りを感じさせる主部。オスティナートの伴奏が特徴のトリオ。第2曲 Maestoso、2/2拍子、ハ長調。アウフタクトで開始される。響きが豊かで。活発な楽想である。第3曲 Moderato、2/2拍子、ニ長調。軽やかなリズムが特徴の作品。トリオはプリモがカノンによる美しい旋律を奏でる。3曲に個性の違いがあり、続けて聴いて楽しい作品だと思う。
3つの軍隊行進曲 D 733
人気の高い作品で、「第1番」はしばしば管弦楽編曲でも演奏される。
ソナタ ハ長調《グラン・デュオ》D 812
シューマンはこの作品について「まだベートーヴェンの影響を脱けていないように思われ、原稿には彼のれっきとした自筆で、色々な憶測を封ずる意思を窺わせるかの如く、「四手用ソナタ」と書きこんであるが、それを見るまでは、僕はむしろピアノに移された交響曲と考えたくらいだった」と言っている(吉田秀和訳『音楽と音楽家』より)。たしかにオーケストラを思わせるような楽想であるように思われ、ヨアヒムなどによるオーケストレイションの試みがあることも頷けるように思う。
第1楽章 Allegro moderato、ハ長調、2/2拍子、ソナタ形式。第2楽章 Andante、変イ長調、3/8拍子、(形式については考察中/シューマンは「ベートーヴェンの第2交響曲のアンダンテを思わせる」と言っている)。第3楽章
Scherzo Allegro vivace、3/4拍子、ハ長調。トリオはヘ短調に転調する。第4楽章 Allegro vivace、ハ長調、2/4拍子。イ短調のように聞こえるがすぐにハ長調となる。このような調性感覚はハイドン(弦楽四重奏曲ロ短調 Op.33-1)、ベートーヴェン(弦楽四重奏曲 Op.59-2など)にもみられた。全体は無窮動風の音楽である。この楽章の終止はなかなか面白い。
自作の主題による変奏曲 D 813
主題は Allegretto、変イ長調、4/4拍子。ゼレチュのエステルハージィ伯爵家に滞在中、1824年に作曲されたと考えられている。当時から高く評価されていたことがよく分かる優れた作品で、ピアノ演奏技巧も変化に富んでいる。第7変奏の深い情緒は特に素晴らしい。
ハンガリー風ディヴェルティメント D 818
この曲もゼレチュに滞在中(1824)に着手され、ウィーンで完成されたと思われる(ベーレンライター版解説)。第3楽章は「ハンガリーのメロディー D 817」と同じ旋律。
6つの大行進曲 D 819
「シューベルトがゼレチュに滞在していた1818年と1824年の夏から秋にかけての両方の時期に作曲されたと想定されよう」とベーレンライター版の解説にある。第1曲 Allegro maestoso 変ホ長調、4/4拍子。華やかで明るい、連弾らしい豊かな響きを持つ。3連符が祝祭的な気分を高める特徴がある。トリオは変イ長調で、時々短調に転調する所が非常に美しい。第2曲 Allegro ma non troppo ト短調、4/4拍子。冒頭に現れる動機をプリモ、セコンドで模倣しながら進行してゆく曲。トリオはト長調で穏やかな楽想となる。第3曲 Allegretto ロ短調 2/4拍子。ロ短調で始まるがすぐにニ長調〜嬰へ短調などと転調する。トリオはロ長調。全体的に「軍隊行進曲」風のリズムが特徴である。第4曲 Allegro maestoso 4/4拍子、ニ長調。第1曲と似た祝祭的気分。第5曲 Andante 4/4拍子、変ホ短調。葬送行進曲の性格を持つ。第6曲 Allegro con brio ホ長調、4/4拍子。付点音符のリズムが支配的で、軽快な曲想である。
フランス風主題によるディヴェルティメント D 823
三楽章からなるディヴェルティメント。第1楽章が「華麗な行進曲の形式によるディヴェルティメント 作品63」として1826年に、第2・3楽章が「アンダンティーノ・ヴァリエと華麗なるロンド 作品84」として1827年に出版された事情についてはよく分かっていない。第1楽章はホ短調、Tempo di Marcia 4/4拍子。堂々たる行進曲主題とト長調の第2主題との対比が素晴らしい(特にプリモの高音の扱い)。第2楽章は美しい旋律に基づく変奏曲で、この分野(変奏曲)の名作の一つと言える。第3楽章 Allegretto ホ短調、2/4拍子。シューベルトらしい「長短々」のリズムがかなりの部分を支配する音楽。
大葬送行進曲 ロシア皇帝アレキサンダーⅠ世の逝去に寄せて D 859
ベーレンライター版の解説によれば「アレキザンダーⅠ世は1815年のウィーン会議期間中ウィーンの民衆によく知られるようになった」とあり、そこで「出版社 A.Pennauer は1825年12月1日の皇帝の逝去の知らせのすぐ後に葬送行進曲の出版計画を立ていたのかもしれない、と書いてある。ただ「シューベルトが特にこの動機のために作曲したかどうかは分からない」し、「すでに以前に成立していたかもしれない」とのこと。この時代の作曲経緯についてはまだよく分かっていない点が多いと思う。Andante sostenuto ハ短調、2/2拍子。
大英雄的行進曲 ロシア皇帝ニコライⅠ世の即位式に寄せて D 885
1826年9月の出版。ロシアの新帝ニコライⅠ世の即位に寄せて書かれた作品と言われる。この作品も「シューベルトが特にこの動機のために作曲したかどうかはわからない」とベーレンライター版の解説には書いてある。Maestoso—Allegro giusto イ短調、4/4拍子。2つのトリオ及びコーダを持つ構成。
2つの性格的行進曲 D 886(D 968B)
2曲とも 6/8 で書かれた行進曲。シューベルトの死の1年後、1829年に出版された。友人の手紙から1826年の早期に作曲されたとする説もある。第1曲は3度進行による元気な主部と叙情的なイ短調のトリオとの対比が見事。第2曲は pp で静かに開始される曲で、シューベルトらしい転調の面白さがある。この曲もイ短調のトリオが美しい。
幻想曲 ヘ短調 D 940
1828年作曲。シューベルト晩年の傑作である。第1部「Allegro molto moderato」は哀愁漂う旋律が美しく、バロックの序曲風から嬰へ長調の穏やかな部分へと転ずる第2部「Largo」、スケルツォ風の第3部「Allegro vivace」、そして第4部「Tempo Ⅰ」という構成で、この分野の作品としてはかなり大規模な長さとなっている。楽想は変化に富み、ピアノの表現力が最大限に発揮されている。「セコンドは伴奏、プリモは旋律」といった普通の連弾のスタイルを超越した複雑な書法であり、演奏もかなり難しい。また、音楽内容としては、彼が家庭教師として教えたことがあるカロリーネ・エステルハージ伯爵令嬢に献呈されたことから、彼女への愛が反映した作品ともみられている。
アレグロ イ短調(性格的アレグロ「人生の嵐」) D 947
この作品も1828年に作られ、「幻想曲 ヘ短調」とともに連弾曲の傑作として知られている。2/2拍子、アレグロ・マ・ノン・トロッポ、ソナタ形式。第2主題でセコンドがオクターヴで奏するシンコペーションの動きに特徴がある。ところでこの曲のタイトルは「ふさわしい」という意見と「曲の内容には似つかわしくない」という意見があって、実に興味深い。
ロンド イ長調 D 951
1828年作曲。Allegretto quasi Andantino、イ長調、2/4拍子、大ロンド形式。この作品も晩年の名作のひとつである。美しい主題は名作「ピアノソナタ D664」を思わせる雰囲気があり、全体は幸福な気分に包まれている。なお、この作品がソナタの終楽章であるという意見もあるが、現在のところよく分かっていない。
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