モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart (1756〜1791)

「演奏上の問題点」で[m]は「第・・小節」の略です。


クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ Sonate für Klavier und Violine

ソナタ ハ長調 KV6
ソナタ ニ長調 KV7
ソナタ 変ロ長調 KV8
ソナタ ト長調 KV9

これら4曲はパリでまとめられ(別々に作られたクラヴィーア小品も用いられている)、出版の際には「ヴァイオリンの伴奏でも演奏できるクラヴサンのためのソナタ Sonates/ Pour Le Clavecin/ Quipeuvent se jouer avec l'Acompagnement d'e Violin」というタイトルであった。それゆえ本来はクラヴィーア・ソナタであったと考えられる」という指摘がある(ベーレンライター版解説、エドワルト・レーザー)。

「ハ長調 KV6」 四楽章構成で、第2メヌエットはナンネルの楽譜帳からのクラヴィーア曲の「もっとも古いパートのひとつ」だそうである(前掲書)。第1楽章 Allegro ハ長調 4/4拍子、第2楽章 Andante ヘ長調 2/4拍子、第3楽章 Menuet ハ長調・ヘ長調 3/4拍子、第4楽章 Allegro molto ハ長調 2/4拍子。
「ニ長調 KV7」 三楽章構成。第2楽章で3連符の伴奏形が用いられているのが特徴で、このような伴奏形は「ピアノ協奏曲第2番第2楽章」「同 第21番第2楽章」とも共通する。第1楽章 Allegro molto ニ長調 4/4拍子、第2楽章 Adagio ト長調 2/4拍子、第3楽章 Menuet ニ長調・二短調 3/4拍子。
「変ロ長調 KV8」 三楽章構成。第1楽章は「KV6」と同様のアルベルティ・バスが支配する。第3楽章の第2メヌエットで変ロ短調になるのがこの時代の調性としては珍しいかもしれない。第1楽章 Allegro 変ロ長調 4/4拍子、第2楽章 Andante grazioso ヘ長調 3/4拍子、第3楽章 Menuet 変ロ長調・変ロ短調 3/4拍子。
「ト長調 KV9」 第1楽章展開部にアインガングがあるのが特徴。第3楽章の第1メヌエットは「ピアノソナタKV331の第2変奏と似ていることがしばしば指摘されている。第1楽章 Allegro spiritoso ト長調 2/2拍子、第2楽章 Andante ハ長調 3/4拍子、第3楽章 Menuet ト長調・ト短調 3/4拍子。


ソナタ 変ホ長調 KV26
ソナタ ト長調 KV27
ソナタ ハ長調 KV28
ソナタ ニ長調 KV29
ソナタ ヘ長調 KV30
ソナタ 変ロ長調 KV31

この6曲は、オランダのデン・ハークで書かれたとされるもので、クリスティアン・バッハなどの影響、表現の多様化などがみられる。

「変ホ長調 KV26」 三楽章制で、全体は簡潔にまとめられている。第2楽章は付点リズムを用いた荘重な音楽に対し、第3楽章が明るく爽やかなロンドとなっている。第1楽章 Allegro molto 3/4拍子、第2楽章 Adagio poco Andante 2/4拍子、 第3楽章 Roudeauux Allegro 3/8拍子。
「ト長調 KV27」 第1楽章が緩徐楽章となり、3連符の伴奏上で美しいメロディーが歌われる。第2楽章はアレグロで、中間部が短調となり、対比が美しい。第1楽章 Andante poco Adagio ト長調 2/4拍子、第2楽章 Allegro ト長調 3/8拍子。
「ハ長調 KV28」 クラヴィーアの華やかなトリルで開始される明るい第1楽章、舞曲調で楽しい第2楽章の二楽章構成。第1楽章 Allegro maestoso ハ長調 4/4拍子、第2楽章 Allegro grazioso ハ長調 2/4拍子。
「ニ長調 KV29」 ヴァイオリンが技巧的になっていることがしばしば指摘される第1楽章、この曲集中でただ一つのメヌエットである第2楽章。第1楽章 Allegro molto ニ長調 4/4拍子、第2楽章 Menuetto ニ長調 3/4拍子。
「ヘ長調 KV30」 アダージョの第1楽章クラヴィーアで手の交差を用いた技巧がみられる。第2楽章では後半で「ポコ・アダージョ」に変化する特徴をもつ。第1楽章 Adagio ヘ長調 2/2拍子、第2楽章 Roudeaux Tempo di Menuetto ヘ長調、3/4拍子。
「変ロ長調 KV31」 活発なアレグロとメヌエットの変奏曲から成る。第1楽章 Allegro 変ロ長調 2/2拍子、第2楽章 Tempo di Menuetto Moderato 変ロ長調 3/4拍子。


ソナタ ト長調 KV301
ソナタ 変ホ長調 KV302
ソナタ ハ長調 KV303
ソナタ ホ短調 KV304
ソナタ イ長調 KV305
ソナタ ニ長調 KV306

ミュンヘンで知ったシュスター Joseph Schuster の「ディヴェルティメント・ダ・カメラ」に影響を受けて作曲されたと言われる作品群。

「ト長調 KV301」 ヴァイオリンが主導するテーマで開始され、ヴァイオリンとクラヴィーアが対等にアンサンブルを行う音楽となっている。第1楽章 Allegro con spirito ト長調 4/4拍子、第2楽章 Allegro ト長調 3/8拍子。
・・演奏上の問題:
第1楽章 m1 に見られるアッポジャトゥーラは8分音符で演奏されるべきで、これは「器楽作品における声楽アッポジャトゥーラ」の考え方による。
「変ホ長調 KV302」 変ホ長調ということもあり「魔笛」序曲と似ている動機がしばしば指摘される。喜びに満ちた音楽である。第2楽章は落ち着いたロンド。第1楽章 Allegro 変ホ長調 3/4拍子、第2楽章 Rondeau Andante grazioso 変ホ長調 2/8拍子。
「ハ長調 KV303」 アダージョとモルト・アレグロが交替する独特の構成で、なかなか面白い。第2楽章は流れがよく心地よい音楽。第1楽章 Adagio - Molto Allegro ハ長調 2/2拍子、第2楽章 Tempo di Menuetto ハ長調 3/4拍子。
「ホ短調 KV304」 このジャンルではただ一つの短調作品で、クラヴィーアソナタ KV310 と同様にパリで書かれたと言われることが多いが、自筆譜の研究によればマンハイムで着手されたらしい。第1楽章の深い情緒、第2楽章中間部での休符の表現が印象的である。第1楽章 Allegro ホ短調 2/2拍子、第2楽章 Tempo di Menuetto ホ短調 3/4拍子。
・・演奏上の問題:
第1楽章 m152 176 エディションによっては音が異なるので注意が必要。
第2楽章 m3 B=スコダの著書によれば「下行する順次進行においてだけは後打音を省略できる」ということだが同著では「後打音をつけたほうがはるかに良く響」くとある。後打音を表記した楽譜(B&H版、Schnabel/Flesch版など)もある。
「イ長調 KV305」 第1楽章は両楽器のユニゾンで始まり、力強い楽想である。第2楽章は主題と6つの変奏曲。第1楽章 Allegro molto イ長調 6/8拍子、第2楽章 Andante grazioso イ長調、2/4拍子。
・・演奏上の問題:
第2楽章 m1 この装飾音はモーツァルトの「全作品の中でも独特で、例外的な存在」だとバドゥラ=スコダは言っている。ハイドン風の主音から始める装飾音ということ。
「ニ長調 KV306」 三楽章構成で規模の大きな作品。同じ調で書かれた「ピアノソナタKV284」「KV311」あるいは「2台ピアノのためのソナタ KV448」を思わせるところがあるし、協奏曲的な音楽となっている。特徴は第1楽章再現部が第2主題からで、第1主題は曲の最後に現れること(KV311とも共通)、そして第3楽章でアレグレットとアレグロが交替で進められ、最後に2つの楽器によるカデンツァが現れることである。第1楽章 Allegro con spirito ニ長調 4/4拍子、第2楽章 Andantino cantabile ト長調 3/4拍子、第3楽章 Allegretto ニ長調 2/4拍子〜Allegro 6/8拍子。


ソナタ ハ長調 KV296
ソナタ 変ロ長調 KV378
ソナタ ト長調 KV379
ソナタ ヘ長調 KV376
ソナタ ヘ長調 KV377
ソナタ 変ホ長調 KV380

ウィーンに定住した1881年11月に出版された曲集で、弟子のヨゼーファ・アウエルンハンマーに献呈された。

「ハ長調 KV296」 楽章のコントラストがあって聴いていて楽しい作品。特に第2楽章の主部と中間部の対比が見事で、中間部はロマン派の音楽を聴いているように錯覚する部分もある。第3楽章も元気で流れがよく、主題はどことなく「フルートとハープのための協奏曲」のフィナーレを思わせる。第1楽章 Allegro vivace ハ長調 4/4拍子、第2楽章 Andante sostenuto ヘ長調 3/4拍子、第3楽章 Rondeau Allegro ハ長調 2/2拍子。
「変ロ長調 KV378」 「モーツァルトのこのジャンルの代表作」と称される名曲で、演奏の機会も多い。第1楽章は抒情的な主題が魅力的で、クラヴィーアの伴奏形にも表現の豊かさがみられる。第2楽章の歌心も素晴らしい。第3楽章ロンドで第2エピソードが4/4拍子に変化するところが印象的である。第1楽章 Allegro moderato 変ロ長調 4/4拍子、第2楽章 Andantino sostenuto e cantabile 変ホ長調 2/2拍子、第3楽章 Rondeau Allegro 変ロ長調 3/8拍子。
「ト長調 KV379」 二楽章構成だが、第1楽章は最初のアダージョがト長調、主部のアレグロがト短調という独自の構成。べートーヴェンで有名な「運命の動機」であるがこの作品や、ハイドン(ピアノソナタ 変ホ長調 Hob.16/49)やクレメンティのピアノソナタ(Op.34-2)にもあるので覚えておきたい。第2楽章は主題と5つの変奏、それに主題の回帰及びコーダから成る。第1楽章 Adagio - Allegro ト長調−ト短調 2/4拍子〜3/4拍子、第2楽章 ト長調 Andantino cantabile 2/4拍子。
「ヘ長調 KV376」 第1楽章は力強い和音で開始され、クラヴィーアからヴァイオリンに受け継がれる。明るく快活な音楽。第2楽章は三部形式の緩徐楽章で、二つの楽器の響きやバランス、どくにクラヴィーアの高音が美しい。第3楽章は行進曲調(「魔笛」で聴かれるアリアのような感じ)で明るく親しみやすい音楽である。第1楽章 Allegro ヘ長調 4/4拍子、第2楽章 Andante 変ロ長調 3/4拍子、第3楽章 Rondeau Allegretto grazioso へ長調。
「ヘ長調 KV377」3連符の奔流が支配する第1楽章が特徴的である。第2楽章は変奏曲で、シンコペーションを用いた主題が非常に美しい。第6変奏ではシチリアーナが登場する。第3楽章は少しずつ語りかけるような主題が支配し、落ち着いた音楽となっている。第1楽章 Allegro ヘ長調 4/4拍子、第2楽章 Andante ニ短調 2/4拍子、第3楽章 Tempo di Menuetto 3/4拍子 へ長調。
・・演奏上の問題:
第2楽章: 主題は「アンダンテ」で、各変奏にはテンポ指示がないが、変奏に入るとテンポを少し上げるのが一般的である。
「変ホ長調 KV380」 この作品がウィーンでの第1作にあたるらしい。第1楽章は力強い第1主題と3連符を用いた流れるような美しい第2主題で構成される。第2楽章は主題をト短調〜変ロ長調と変化させるソナタ形式。オペラの悲劇的場面などを思わせるような美しさである。第3楽章は軽快なロンドで協奏曲的な音楽である。 第1楽章 Allegro 変ホ長調 4/4拍子、第2楽章 Andante con moto ト短調 3/4拍子、 第3楽章 Rondeau Allegro 変ホ長調 6/8拍子。


ソナタ 変ロ長調 KV454
ソナタ 変ホ長調 KV481
ソナタ イ長調 KV526
ソナタ ヘ長調 KV547

ウィーンで1784年以降に書かれた作品。ベーレンライター版の第5巻に収録されている4曲である。

「変ロ長調 KV454」 ラルゴの序奏の後、トリルと軽やかな音階で構成される魅力的な第1主題が登場、第2主題は、まず経過的な動きで登場し、その後ヴァイオリンに印象的な旋律が現れる。展開部は短いがクラヴィーアの分散和音の和声が非常にきれいである。第2楽章は落ち着いた情緒の緩徐楽章。夕闇が迫るかのような展開部では、変ロ短調〜ロ短調という意外な転調を見せる。第3楽章はガヴォット風のロンド・フィナーレ。第1楽章 Largo - Allegro 変ロ長調 4/4拍子、第2楽章 Andante 変ホ長調 3/4拍子、第3楽章 Allegretto 変ロ長調 2/2拍子。
「変ホ長調 KV481」 第1楽章は6小節構造の第1主題に始まり、穏やかな第2主題と進むが、展開部で「ジュピター」交響曲に現れるモティーフが出てくるのが大きな特徴と言える。第2楽章は明るい主題だがその後の展開部でみられる変ニ長調〜嬰ハ短調〜イ長調という転調が素晴らしい。第3楽章は変奏曲形式。テーマは両楽器のユニゾンで奏される。第1〜第3変奏は古典的で流れ良く進み、fとpの対比が特徴の第4変奏、主題の原型を取り戻す第5変奏からアレグロの第6変奏となる。最後の方にはモーツァルトには珍しい3度の高速パッセージも出てくるのが興味深い。この楽章は変奏曲の名作と言える。 第1楽章 Molto Allegro 変ホ長調 3/4拍子、第2楽章 Adagio 変イ長調 2/2拍子、第3楽章 Allegretto 変ホ長調 2/4拍子。
「イ長調 KV526」 第1楽章は軽快なアレグロ楽章で、リズムが自由に変化する面白さを持つ。第2楽章はこの曲の白眉と言え、カール・フリードリヒ・アーベルの死の知らせを聞いたモーツァルトが彼の霊に捧げ「哀惜の念は第二楽章に凝縮しているようにみえる」という意見もある(石井宏『モーツァルト ベスト101』)。第3楽章はそのアーベルのソナタ(作品5-5)から採られたものであることを研究家サン=フォアが指摘している。第3楽章は無窮動風の明るいロンド・フィナーレ。第1楽章 Molto Allegro イ長調 6/8拍子、第2楽章 Andante ニ長調 4/4拍子。第3楽章 Presto イ長調 2/2拍子。
「ヘ長調 KV547」 若い頃のような様式に戻った感がある作品で、「初心者のためのヴァイオリンを伴った小さなクラヴィーア・ソナタ」と記されている。第1楽章は分かりやすいロンド形式で、第2エピソードのあとにクラヴィーアのアインガングが記されている。第2楽章は第1、第2主題ともクラヴィーアが主導するソナタ形式。展開部はヴァイオリンから始まる。第3楽章は主題と6つの変奏曲。なお、「クラヴィーア・ソナタ KV547a」の第1楽章はこの曲の第2楽章を独奏用にしたもので、作曲者以外の編曲によるものらしい。第1楽章 Andantino catabile ヘ長調 2/2拍子、第2楽章 Allegro ヘ長調 3/4拍子、第3楽章 Andante ヘ長調 2/4拍子。


・ 参考楽譜

『ベーレンライター原典版 モーツァルト バイオリン ソナタ アルバム1〜5」(全音楽譜出版社)

・ 参考文献

海老沢敏、吉田泰輔監修『モーツァルト事典』東京書籍
エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ(今井顕監訳)『新版 モーツァルト 演奏法と解釈』
西川尚生『作曲家◎人と作品シリーズ モーツァルト』音楽之友社
久元祐子『モーツァルトはどう弾いたか ――インターネットで曲が聴ける――』丸善ブックス
同 『モーツァルトのクラヴィーア音楽探訪 天才と同時代人たち』音楽之友社
渡邊順生『チェンバロ・フォルテピアノ』東京書籍

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