モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart (1756〜1791)

「演奏上の問題点」で[m]は「第・・小節」の略です。


ピアノ・ソナタ Klaviersonaten
(番号はウィーン原典版[2004]による)

ピアノ・ソナタ (第1番)ハ長調 KV.279(189d) (1774)
全楽章がソナタ形式。ギャラント・スタイルで書かれ、装飾が多いこと、スタッカートとレガートの対比などチェンバロ的な要素もある。
・・・演奏上の問題点
第2楽章:
m2 「ウィーン原典版2004」の「演奏への助言」によれば「3連符として演奏される」と書いてある。ただ、楽譜上の8分音符通りの音価で演奏する人もいる。
第3楽章:
m11 モーツァルトらしい細かいアーティキュレーションが書かれているが、括弧書きで長いスラーを書いているエディションもある(Teichmüller編集のBreitkopf版など)。

ピアノ・ソナタ(第2番) へ長調 KV.280(189e) (1774)
前作より音域が飛躍的に拡張されている。第2楽章はのちのピアノ協奏曲K.488と楽想に共通点がある。
・・・演奏上の問題点
第2楽章:  
m55  左手音型で11番目のD音にベーレンライター版では[♭]を記載しているが他の楽譜ではあまり見られない。

ピアノ・ソナタ(第3番) 変ロ長調 KV.281(189f) (1774)
前2作と違い、最終楽章にロンド(「Rondeau」という表記だが古典派のロンド形式)が用いられている。装飾音や流れるようなパッセージを多用、軽やかな印象のある作品。
・・・演奏上の問題点
第3楽章:
m65,70 このような休符のところで即興的パッセージを演奏する人がいる(M. ビルソン他)。 
m122 トリルの最後で右手と音が衝突するので、トリルは途中でやめるか補助音から入れるなどの方法が考えられる(ただし後者の方法だと次の小節に自然につながらない)。
m135 ここも左右の手が衝突するところ。ペダルを2回踏めば2分音符は響く。右手のトリルが入ったら左手の2分音符は離すことにはなると思う(トリルの後で押さえることは可能だがこの曲のテンポでは現実的でない)。

ピアノ・ソナタ(第4番) 変ホ長調 KV.282(189g) (1774)
第1楽章がアダージョで書かれたソナタ。第2楽章はモーツァルトらしい優雅なメヌエット、第3楽章は快活なアレグロ。

ピアノ・ソナタ(第5番) ト長調 KV.283(189h) (1774)
ピアノソナタでは唯一のト長調。明るさ・自然さ・歌謡性をもったモーツァルトらしい作品。
・・・演奏上の問題点
第2楽章:
m11, 12, 34, 351 左手の音形と音が同じになりメロディーのレガートが難しい。ペダル使用により可能になる。 

ピアノ・ソナタ(第6番) ニ長調 KV.284(205b) (1775頃)
全体にフランス的ギャラント様式で書かれている。第2楽章にポロネーズが用いられているのが大きな特徴である。
・・・演奏上の問題点
第1楽章:
m2 3つの4分音符にスタカートが付けられているが、3つ目を長く演奏する人がほとんどである。これについては、3番目の4分音符には他の二つと違った意味を持たせる(和声が変化することを暗示するなど)、あるいはピアノ協奏曲 ヘ長調KV413第1楽章m45などの音型との関連での慣習的奏法、などの意味があるように考えられる(さらに調査中)。
m13 右手のトレモロ。第3楽章第10変奏でも出てくるが、このようなテクニックのエチュードが意外に少ないので注意が必要だと思う。ベートーヴェン「悲愴」ソナタでも見られるこのテクニックで苦戦する人が多いように思う。
第2楽章:
m19, 55 前の音との短2度関係にすることを小さく書いてあるのはウィーン原典版(2004)やベーレンライター版など。
第3楽章:
m74,75 短2度関係に修正を提案する楽譜があるのは第2楽章と同様。モーツァルトのこのような長2度進行は、例えば「ピアノ協奏曲イ長調KV414」第1楽章m8などにもある(臨時記号を小さく書いてある楽譜もある)。ピアノソナタKV333の第1楽章などにもみられるこういう音に関しては「間違っているのではないか」という意見がある一方、「意識的に書いた」とする意見もある。
m78 ベーレンライター版はこのような箇所にも[♯]を音符の上に記しているがウィーン原典版にはない(やや直しすぎかも)。
m93, 102 ウィーン原典版では「個別の注解」参照、とあるが個別の注解をみても該当箇所がない。演奏を調べてみると短前打音で奏する人、長前打音(8分音符)で奏する人といろいろである。自筆譜などを見るとモーツァルトは「16分音符の装飾音を8分音符の符幹に斜めの線を引いて記譜する」習慣があったのだが、この奏法はローゼンブルムが言うように(Performance Practice in Classic Piano Music)音楽の文脈に基づくと考えるしかなさそうだ。

ピアノ・ソナタ(第7番) ハ長調 KV.309(284b) (1777)
マンハイム=パリ旅行中の第1作。第1楽章はシンフォニックな性格が支配的である。第2楽章はローザ・カンナビヒの性格に合わせて書かれたという美しい緩徐楽章。第3楽章はピアニスティックな演奏効果に満ちたロンド。
・・・演奏上の問題点
第3楽章:
m58 KV284でもふれたがトレモロのテクニックについては合理的な奏法を習得しておくことが望ましい。

ピアノ・ソナタ(第8番) イ短調 KV.310(300d) (1778)
ソナタ・協奏曲で初めての短調作品。VnSonate K.304との関連もしばしば指摘される。
・・・演奏上の問題点
第1楽章:
m2,4 バドゥーラ=スコダ『新版 モーツァルト 演奏法と解釈(今井顕監訳/音楽之友社)』に書かれている「声楽のアッポジャトゥーラ」の考え方が参考になる。現代は短前打音で演奏する人が多くなっているようだが、どうなのだろうか。
m80 「ウィーン原典版(2004)」では再現部の第1主題を提示部と同じように前打音をつけて表記している。この表記はブライトコップ版などでもあった。自筆譜ではm80-87が記載されていないことが原因とのこと。ただ、導音の繰り返しは(個人的意見だが)音楽的に不自然のように思われる。

ピアノ・ソナタ(第9番) ニ長調 KV.311(284c) (1777)
KV284と同じスタイルだが協奏曲的要素も感じられる。
・・・演奏上の問題点
第1楽章:
m29 このリズムは3連符ではないこと(8分音符と4つの32分音符にわたるタイ)がベーレンライター版には書かれている。ウィーン原典版(2004)だと「・・の短縮された書き方とみなすこともできる」とある。バロック時代の書き方の名残とも考えられる(バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻第5番フーガなど)。
第2楽章:
m86 ペダルなしでは演奏できない箇所。モーツァルト作品でのペダルを考えるときに覚えておきたい。
第3楽章:
m58,66, 223, 231「p」の位置が楽譜により違うので注意。

ピアノ・ソナタ(第10番)ハ長調 KV.330(300h)  (1778頃)
パリで書かれたソナタの中で最も短く、平易な書法。
・・・演奏上の問題点
第1楽章:
強弱記号やアーティキュレーションの表記が自筆譜より出版譜のほうに豊かに書かれていることについては、ウィーン原典版(2004)の「まえがき」に書かれている。
第3楽章:
m39 トリルの奏法にはいろいろな考え方がある(拍に揃えるか拍の前に出すかで大きく違う)。

ピアノ・ソナタ(第11番)イ長調 KV.331(300i)  (1778頃)
組曲に近い構成。自筆稿は一部しかなく、アルタリア初版とブライトコップの全集版では何箇所も音の相違がみられたが、2014年10月初旬の「国際モーツァルト会議」でバラージュ・ミクシ氏による新たな自筆譜発見の報告があったそうである。第2楽章の第24小節以降は a-moll であることに疑いはないとベーレンライター版にはあるが、自筆譜では A-dur だそうである。この第2楽章のテーマ旋律についてもいろいろ問題がありそうだ。第3楽章は「トルコ行進曲」。

ピアノ・ソナタ(第12番)へ長調 KV.332(300k)  (1778頃)
全楽章ソナタ形式。第1楽章は主題が優雅で幸福感に満ちている。第2楽章は全体の雰囲気が「ピアノ協奏曲第11番KV413」を思わせる。第3楽章は演奏効果に富んだフィナーレ。

ピアノ・ソナタ(第13番)変ロ長調 KV.333(315c) (1778頃)
終楽章にカデンツァを持つ、規模が大きく協奏曲的な作品。
・・・演奏上の問題点
第1楽章:
m76 こういう箇所のトリル奏法は意見が分かれる(補助音から入れるのか主要音から入れるか)。この問題は「ソナタ ハ短調KV457」にもある。
第3楽章:
m198 カデンツァの音価をどのように考えるかについては意見が分かれる。基本的に守る方法、全体的に rit. のように弾く方法など。

幻想曲 ハ短調 KV.475 (1785)
初版以来「K.457」と一緒にソナタ集に収録、一緒に演奏されることも多い。テンポで考えると5つの部分に分けられる。第3部以外は調号なしで書かれているのが特徴。m96からの低音部での書き方は後期モーツァルトにしばしばみられる音の使い方だと言える。

ピアノ・ソナタ(第14番)ハ短調 KV.457 (1784)
数少ない短調作品の中で傑作との評判が高い。
・・・演奏上の問題点
第1楽章:
m2 トリルについてはKV333で書いたことと同じ。
第3楽章:
m92, 289 オリジナル版と自筆譜とではかなり音が異なっている。自筆譜での手の交差はかなり弾きにくいがこれは当時の鍵盤の幅と関係があるのかもしれない。

ピアノ・ソナタ(第15番)ヘ長調 KV.533/494 (1788/1786)
第1楽章が(1788、第2・3楽章が(1786年作。のちに「ソナタ」として出版された。第2楽章の転調には驚くべきものがある。

ピアノ・ソナタ(第16番)ハ長調 KV.545 (1788)
初心者向きとは言え、円熟期らしい完成度を持つ。

ピアノ・ソナタ(第17番)変ロ長調 KV.570 (1789)
晩年特有の美しさを持った作品。ヴァイオリン・ソナタとしても知られているが、ヨハン・メーデリッチェの手になるものと推定されている。

ピアノ・ソナタ(第18番)ニ長調 KV.576 (1789)
プロイセン王女のために書かれたとする説がかつては有力だったが、技巧の難しさ、またモーツァルトが手紙で触れた出版業者が死後この曲を出版した業者と異なっていたことなどから、王女のための作品とは無関係という説もある。

・ 参考文献

石井宏編『モーツァルト ベスト101』新書館
海老沢敏/吉田泰輔監修『モーツァルト事典』東京書籍
エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ(今井顕監訳)『新版 モーツァルト 演奏法と解釈』
久元祐子『モーツァルトはどう弾いたか ――インターネットで曲が聴ける――』丸善ブックス
同 『モーツァルトのクラヴィーア音楽探訪 天才と同時代人たち』音楽之友社
渡邊順生『チェンバロ・フォルテピアノ』東京書籍
Rosen, Charles  Sonata Forms, W.W.Norton & Company,Inc., New York and London, 1988, 1980 (邦訳:『ソナタ諸形式』福原淳訳、アカデミアミュージック) 1997)
Rosenblum, Sandra P.  Performance Practices in Classic Piano Music, Indiana University Press, Bloomington and Indianapolis, 1988

BACK