ドビュッシーのピアノ作品

ピアノ独奏曲

作品 内容・寸評
ボヘミア舞曲 (1890) フォン・メック夫人のはからいでチャイコフスキーに送ったがあまり評価されなかった。楽想の展開が早い感じはあるが、粋な小品と言える。
2つのアラベスク(1888) イタリア留学から帰国後発表。2曲とも3連符による「模様」で音楽が作られる。
夜想曲(1890) ショパン、マスネ、ボロディン、フォーレ、ワーグナーの影響があると評される。ハープのような美しい響きが素晴らしい。
バラード (1890) はじめは「スラヴ風バラード」と題されていた。のちにドビュッシーが忌避した繰り返しの技法がここでは多く用いられている。主和音を避けた調感覚がメランコリックな気分を醸し出している一曲。
舞曲 (1890) シャブリエ風の曲想。当初は「スティリア風タランテラ」と題されていた(二つの国の様式を題名にした所に注目したい)。中間部に洒落た和声の味わいがある。
夢 (1890) 対照的な和音の交替や調性をぼかそうとする意図などさまざまな工夫がある。
ロマンティックなワルツ (1890) シャブリエの2台ピアノ作品に同名のものがあり、それに触発されたという意見がある。ショパン風な響きの習作的作品であるが、冒頭主題でなかなか調が確定しない等のドビュッシーらしさもある。
マズルカ(1890-91) ショパンによって開拓されたこのジャンルにおいて、新たな境地を見せた洒落た小品。 
ベルガマスク組曲 (1890-1905) ワトー、ヴェルレーヌの芸術から着想された作品と言われている。「前奏曲」は、導入的、即興的な要素もあるがソナタ形式でまとめられている。「メヌエット」は伝統的な様式から離れた独自の音楽であり、フレーズの対比に特徴がある。「月の光」は「感傷的な散歩」が旧題であったということが興味深い。「パスピエ」は旧題は「パヴァーヌ」。本来のパスピエは3拍子なので、なぜこのタイトルにしたのかは調査中。
★「メヌエット」の第23小節、2拍目を「G-A-G-Es」で演奏する人が今でもいるがヘンレ版では E になっており、アース、チッコリーニ、ルヴィエ、ギーゼキングなどほとんどピアニストは E だった。また第87小節、Gis-Fという増2度進行について、ウィーン原典版だと括弧つきで「G‐F」にしており、ベロフ、フランソワなどその音で演奏する人がいることについて調査中。G−Fの音にはどうも違和感があるがこれは私が Gis に慣れてしまったからなのだろうか?なお、Gis-Fisで演奏されることもあると「中井正子校訂版」には書いてある。
忘れられた映像(1894) 1977年に出版された遺作である。「ゆっくりと」「サラバンドの動きで」「“もう森へは行かない”のいくつかの様相」の3曲から成る。第2曲は「ピアノのために」「サラバンド」となった作品。第3曲は「雨の庭」の草稿的作品と言える。
ピアノのために (1896-1901) 古典組曲風タイトルだが演奏効果は近代的で華やかである。「前奏曲」はバッハのオルガン曲を思わせる低音の扱いと、エオリア旋法−全音音階の交替による色彩感覚の変化が特徴。「サラバンド」は数種類の教会旋法による厳かな音楽である。「トッカータ」はピアニズムを駆使した傑作。
★曲の最後に「Le double plus lent」とあるが、ドビュッシー自身が否定したもので、伝統的に同一テンポと「中井正子校訂版」に書いてあった。 Henle版などではその指定は記されていない。
スケッチブックより(1894-1903) スケッチ帳にあるさまざまな楽想をまとめた小品。 
版画 (1903) 印象主義の技法がピアノ曲においてはっきりと明示された画期的作品。「塔」は五音音階による東洋的な音楽で、パリ万博でジャワのガムラン音楽に魅了されたことから着想を得たと言われる。「グラナダの夕暮れ」はファリャが「アンダルシア地方のもっとも凝縮された雰囲気がみごとなまでに純化されて表現されている」と評した名作。「雨の庭」はフランスの二つの童謡をモティーフにしたトッカータ風の音楽。
喜びの島 (1904) ワトーの名画「シテール島への船出」に着想を得た作品。高度の技巧と表現力を要求される。
コンクール出品曲(1905)  「ミュジカ」誌が主宰した「作曲家当てコンクール」のための作品。創作中のオペラ≪鐘楼の悪魔≫のスケッチに基づくものだそうである。 
映像 第1集(1901-1905) 第1曲「水に映る影」は1901年に作られたものを約4年後に推敲して今日の形になったらしい。「最近見いだした和声の化学」という作曲家の言葉には考えさせられるものがある。第2曲「ラモーを讃えて」は”サラバンド風に、しかし厳格でなく”と記された古風な趣の1曲。グレゴリオ聖歌を思わせる旋法のメロディーと独創的な和声の融合は「新古典主義」音楽も近いことを感じさせる。第3曲「運動」は無窮動のエチュード風音楽。この曲集は作曲者みずから「これらはピアノ音楽史上しかるべき位置を占めるでしょう・・・(シュヴィヤールchevillardがいっていたように)シューマンの左側か、ショパンの右側に・・お気に召すままに。(出版元のデュランにあてた手紙/E.ロバート・シュミッツ著『ドビュッシーのピアノ作品』より)と自負したほどの傑作である。
映像 第2集(1907) 第1曲「葉ずえを渡る鐘の音」は「万聖節の晩課から死者ミサまで弔鐘が鳴り響き、夕べの静けさに包まれた村から村へ、黄色く色づいた森を渡っていく」 という、ルイ・ラロワから知らされた田舎の風習に触発されたらしい。「ドビュッシーのすべての作品の中で、もっとも美しく装いをこらした作品の一つ(F.ドーズ)。第2曲「そして月は廃寺に落ちる(「そして月は廃寺に降りる」「荒れた寺にかかる月」という訳もある)」は東洋的、ガムラン的な不思議な響きが特徴。ドビュッシーが得意とした4度、5度による和声と5音音階が独特の世界を作り出す。第3曲「金色の魚」は、ドビュッシーが所有していた日本の蒔絵から霊感を与えられて作曲されたと言われている。トレモロ、アルペッジョの多様さを駆使したピアニズムの妙とリズム・色彩感の変化が実に見事である。
子供の領分 (1906-08) 誕生した娘シュシュのために作曲された。単純化された書法だが内容は深い。
前奏曲集第1巻 (1910) ドビュッシーピアノ音楽の集大成。尊敬するショパンを念頭において構想された。各曲のタイトルは固定観念に縛られないようにとのドビュッシーの配慮により、各曲の終わりに書かれている。1.デルフィの舞姫たち/2.帆/3.野を渡る風/4.音と香りは夕暮れの大気に漂う/5.アナカプリの丘/6.雪の上の足跡/7.西風の見たもの/8.亜麻色の髪の乙女/9.とだえたセレナード/10.沈める寺/11.パックの踊り/12.ミンストレル
前奏曲集第2巻 (1910-13) 1.霧/2.枯葉/3.ヴィーノの門/4.妖精は良い踊り子/5.ヒースの茂る荒れ地/6.風変わりなラヴィーヌ将軍/7.月の光がふりそそぐテラス/8.オンディーヌ/9.ピックウィック卿を讃えて/10.カノープ/11.交代する3度/12.花火
おもちゃ箱 (1913) 挿絵画家アンドレ・エレがドビュッシーに『おもちゃ箱』と題された絵の付いたアルバム集を見せ、これに強い印象を受けて、エレの絵本と台本に基づいたピアノ曲として作曲された。全曲を完成した後にエレの挿絵と伴って出版された。管弦楽版として編曲も計画されたが未完に終わり、アンドレ・カプレが残されたスケッチを基に補筆する形で完成させた。この管弦楽版は1920年出版された。
英雄の子守歌(1914)  荒廃したベルギーを援助するためにイギリスの小説家ケインと「デイリー・テレグラフ」新聞の発案により「アルベール王の本」が作られることになり、その寄稿としてドビュッシーが書いた作品。
練習曲集 (1915) ショパンに献呈された。高度な技巧だけでなく、音楽表現面でも多彩。指使いが書かれていないことについての作曲者のコメントが興味深い。 1.5本の指のための(チェルニー氏による)/2.3度音程のための/3.4度音程のための//4.6度音程のための/5.8度音程のための/6.8本の指のための/7.半音階のための/8.装飾音のための/9.反復する音符のための/10.対比的な響きのための/11.組み合わされたアルペッジョのための/12.和音のための。
慈善団体「負傷者の衣」のために(pour l'oeuvre "Vetement du blesse") 1915 別題「アルバムの頁」。エンマが活動していた慈善団体のために作曲されたワルツ風小品。
燃える炭火に照らされた夕べ(Les soirs illumines par l'ardeur du charbon) 1917 冬の寒さの中で暖を取るための炭の調達に苦労していたドビュッシーのために便宜を図った炭屋のために作曲された。

ピアノ連弾曲・2台ピアノ曲


作品 内容・寸評
小組曲 ヴェルレーヌの詩との関連がうかがえる。連弾曲の名作。
民謡を主題としたスコットランド風行進曲 (1891) スコットランドの旧家ロス伯爵家の子孫であるメレディス・リード将軍からの委嘱を受けて作曲された。 
古代のエピグラフ 1.夏の風の神、パンに祈るために/2.無名の墓のために/3.夜が幸いであるために/4..カスタネットを持つ舞姫のために/5.エジプト女のために/6.朝の雨に感謝するために
リンダラハ 『リンダラハ』という曲名はスペイン語で「美しい人」を意味する。 
白と黒で 第一次大戦の中でのフランスへの憂いと戦いの不安を音楽化。第2曲の音楽描写は全く凄いの一言だ。
牧神の午後への前奏曲 作曲者自身によるピアノ編曲版。オーケストラと比べるとさすがに色彩感では劣るが、作曲者の書いた和声が直接的に聞こえてくる面白さがある。

参考文献:

シュミッツ,E.ロバート, 大場哉子訳 『ドビュッシーのピアノ作品』 全音楽譜出版社、1984
平島正郎「ドビュッシー  大作曲家・人と作品 12」 音楽之友社、1966
松橋麻利『作曲家◎人と作品  ドビュッシー』 音楽之友社、2007
ロン、マルグリット(室淳介訳)『ドビュッシーとピアノ曲』 音楽之友社、1969
Dawes, F (千蔵八郎訳) 『BBC・ミュージック・ガイド・シリーズ21 Debussy  Piano Music』日音楽譜出版社


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