ブラームスのピアノデュオ作品について



4手のための16のワルツ,作品39
作曲 1865年,ウィーン
初演 1866年11月23日,オルデンブルク(クラーラ・シューマンとアルベルト・ディートリヒ)
出版 1866年,リーター・ビーダーマン

ブラームスは少年時代から音楽的な「職人芸」に縁があった。
まず彼の父親がハンブルクの楽団でビューグル,ホルン,コントラバスなどを演奏しており,彼は自然に影響を受けたであろうと思われるし,やがて彼自身も家計を助けるために,船員相手の酒場やダンス・ホールでピアノ演奏のアルバイトをするようになった時期がある。
そして,のちにブラームスがウィーンに住むようになった時,彼がたちまち気に入って,プラーター公園でよく聴き入っていたのがウィーンの民族音楽なのである。また,ヨハン・シュトラウスのワルツをたいへん好んだのも他ならぬブラームスであったのだ。
そんなブラームスが書いた職人芸的音楽がこの「ワルツ集」なのだが,こともあろうにハンスリックに献呈されているところが面白い。ハンスリックは当時ワーグナーと最も敵対関係にあった批評家で,ウィーン音楽界の大御所的な存在であった。このような気楽な舞曲集を贈られたハンスリックはいったいどんな気分だったことだろう。
この作品には,ほかにピアノ独奏版,2台ピアノ版があるが,いずれも並行して書かれたようだ。曲はウィーン風のワルツというよりも,どこかレントラーの気分を持ったものとなっており,作曲者自身が「シューベルト風の形による無邪気な小さいワルツ」と述べていることからもわかるが,この曲集はいわゆる「ウィンナ・ワルツ」ではない。レントラー風でもあり,ハンガリー風でもある,街角で演奏されるような情緒をもった全く愛らしい音楽なのである。
第1番ロ長調 作品39-1 3/4拍子(以下,全曲が3/4拍子。 テンポ・ジュスト。華やかな響きで,喜ばしい気分に満ちている。
第2番ホ長調 作品39-1 テンポ表示はないが,おそらく続けて演奏することを前提としているためであろう。穏やかな情緒の曲である。
第3番嬰ト短調 作品39-3 テンポ表示なし(以下,表示のあるもののみを記す)。シューマンなら“Einfach(素朴に)”と書いたかもしれない美しいメロディーである。
第4番ホ短調 作品39-4 ポーコ・ソステヌート。アパッショナート(情熱的に)と記され,再現部では音の厚味が加わって気持ちの高揚がはかられる。
第5番ホ長調 作品39-5 プリモ(第一)奏者の左手で奏される旋律は,1863年に書かれた四重唱曲「恋人をたずねて(作品31の3)」に見られるもの。
第6番嬰ハ長調 作品39-6 ヴィヴァーチェ。レッジェロ(軽快に)と記された,スタカートが支配する曲。この曲のピアノ独奏版は演奏が極めて難しい。
第7番嬰ハ短調 作品39-7 ポーコ・ピウ・アンダンテ。前の曲より「アンダンテ」のテンポに少しだけ近づけて,という意味であろう。「ドルチェ(柔かく)」の指示がある。この曲の後半に見られる見事な転調は,ブラームスの面目躍如といったところだ。
第8番変ロ長調 作品39-8 独奏版では「ソット・ヴォーチェ(抑えた声で)」の指示がある。全曲が同じリズムで支配されているが,この曲でもブラームス独特の転調が魅力的である。
第9番ニ短調 作品39-9 第3曲のような素朴な情緒であるが,後半に「交響曲第4番」を思わせる下降分散和音形が見られる点に注目したい。半終止で次の曲に続く。
第10番ト長調 作品39−10 独奏版では「ポーコ・スケルツァンド」。重音で奏されるメロディー。属和音で開始されるが、なかなかト長調の主和音が出てこない。
第11番ロ短調 作品39−11 前打音のついた,軽快な旋律。独奏版では冒頭に“fp”があるが連弾版にはない。前半は嬰へ短調で終止、後半は半音階進行からロ長調に転調するが、転調の美しさはブラームスの特徴である。
第12番ホ長調 作品39−12 和声的な魅力に溢れている。バスは保続音となる傾向が強く,オルガン的で古風な雰囲気を持っている。
第13番ハ長調 作品39−13 独奏版ではロ長調。力強さと重厚さが特徴。
第14番イ短調 作品39−14 独奏版では嬰ト短調。ハンガリー風で情熱的。中間部の激しい転調も聴きどころである。
第15番イ長調 作品39−15 「ドルチェ」の指示。独奏版は変イ長調。最も有名な曲で,さまざまな楽曲に編曲されている。
第16番ニ短調 作品39−16 プリモ・セコンド(第2奏者)で旋律の受け持ちを交代するスタイル。どこか寂しげな音楽であるが、味わい深い作品である。この曲集はこのように,地味で静かな作品で,さりげなく終わる。

4手のためのシューマンの主題による変奏曲 変ホ長調,作品23
作曲 1861年, ハンブルク
初演 1861年10月,ハンブルク(フリッツ・ブラームスとシドニー・スミス)
出版 1863年,リーター・ビーダーマン

ブラームスが最初に書いたピアノ連弾曲である。連弾曲としてはこの作品のみが芸術的に意味の深い作品となっており,他は編曲あるいは軽い小品集となっていることは注意されてよい。
この作品と作品24の「ヘンデルの主題による変奏曲」,作品番号の並んだ2つの変奏曲は,ブラームスが変奏曲の分野で才能を確実に示した作品と言えるだろう。この曲が書かれた1861年は,ブラームスが作曲活動に専念するようになり「ピアノ四重奏曲第1番」「(同)第2番」など室内楽の名作が生まれた年でもあった。
主題はシューマンの「最後の楽想」と呼ばれる旋律で,これはシューマンが投身自殺を企てる前に書かれたものである。シューマンはこの頃ひどい幻聴に悩まされていて,「天使たちが歌って聞かせた」メロディーだと言って書きとめたのだが,それは彼のヴァイオリン協奏曲の第2楽章に非常に似たものだった。シューマン自身,その時にこの主題から変奏曲を作ったのだが(1854年2月17日),ブラームスもシューマンと同じように変奏曲を作ったのだ。
この作品はユーリエ・シューマン(シューマンの三女)に献呈されているが、カルベックによれば、この作品はユーリエとクラーラに演奏をしてもらうように作られたらしい。初演したフリッツ・ブラームスはブラームスの弟で,主にハンブルクで音楽教師を務めていた人である。なお、ピアノ独奏版として、キルヒナーによる編曲も出版されている。
主題 静かに,内面的に(Leise und innig) 変ホ長調 2/4拍子。
第1変奏 リステッソ・テンポ。アンダンテ・モルト・モデラート。「柔かく,表情豊かに」と指示がある。古典的な書法の、16分音符による装飾。
第2変奏 ブラームスらしい重音による変奏。低音の付点音符がオスティナートで繰り返される。
第3変奏 6連音符の流れの上に,強弱の起伏に富んだ重音のメロディーが組み合わされる変奏。
第4変奏 変ホ短調に転調。ピアニシモで演奏される。重く、苦しい歩みを思わせる。
第5変奏 ポーコ・ピウ・アニマート 9/8拍子。ロ長調に転調。3度・6度の重音の旋律で明るい気分が表現される。
第6変奏 アレグロ・ノン・トロッポ 2/4拍子。変ホ長調に転調。付点音符と6連音符の組み合わせ。重厚で力強い。
第7変奏 コン・モート。リステッソ・テンポ。6/8拍子。レガートの重音で演奏される、静かな変奏。
第8変奏 ポーコ・ピウ・ヴィーヴォ 2/4拍子。ト短調に転調。3連音符の伴奏の上に,この曲でも3度・6度の重音のメロディーが特徴となっている。
第9変奏 ハ短調,4/4拍子に変わり,「エネルジーコ(精力的に)」と指示される。全体のクライマックスを形成する変奏。
第10変奏 モルト・モデラート,アラ・マルチア。pからffに気分が高揚されたのちに,葬送行進曲風にテーマが回想される。シューマンの音楽を偲ぶようなコーダで、美しくこの曲は締めくくられる。

ロシアの思い出(4手のためのロシア,ボヘミアの旋律:6曲)
作曲 1850年代初期,ハンブルク(?)
出版 1852年以前,アウグスト・クランツ

ブラームスは若い時分にハンブルクで,さまざまなペンネームで曲を書いていた。この曲はその時代の作品で,G.W.マルクスというのがそのペンネームである。
この作品はハンブルクの出版社クランツがブラームスに依頼した編曲作品のうちの1曲で,この時代には,生活費を得るためにブラームスはいろいろなオペラの旋律を用いた幻想曲やポプリ(混成曲,今日の軽音楽で言う「メドレー」と似ている)を書いていた。この曲は,そうした彼の仕事の一部を知ることのできる貴重な資料といえるだろう。
第1曲「ロシアの国歌」 アレグロ・マエストーソ へ長調 4/4拍子。序奏に聴かれるのは「ラコッツィ行進曲(ハンガリーの国民歌。ハンガリーの指導者ラコッツィ公が好んだという)」のメロディー。続いてロシア国家のメロディーが現れ,その二つの旋律の組合せを華やかに表現してゆく。
第2曲「枝」アンダンテ イ短調 2/4拍子。当時の有名な作曲家ニコライ・ティトフの歌に基づいている。主題と4つの変奏曲,およびコーダ。
第3曲「夜明けに彼女を起こさないで」コン・モート イ短調 3/8拍子。アレクサンダー・ヴァルラモフの歌曲の編曲。序奏ののちレントラー風のテーマが現れ,変奏される。最後はピウ・プレストで華麗に曲を閉じる。
第4曲「ナイチンゲール」 アンダンテ ニ短調 2/4拍子。主題はアレクサンダー・アリャビエフの歌に基づくもの。この曲はのちの「ハンガリー舞曲」を予感させるという指摘がある。
第5曲「行く手に大きな村がある」 アレグロ・モデラート ト長調 6/8拍子。ボヘミアの民謡の編曲である。
第6曲「おさげ髪」 モデラート ト長調 2/4拍子。この作品もボヘミア民謡に基づいている。

2台ピアノのためのソナタ ヘ短調(ピアノ五重奏曲の編曲),作品34b
作曲 1864年,ウィーン
初演 1864年4月17日,ウィーン(ブラームスとタウジッヒ)
出版 1871年,リーター・ビーダーマン

傑作「ピアノ五重奏曲へ短調 作品34」の編曲版である。もともとは弦楽五重奏曲(弦楽四重奏にチェロを加えた形)として書かれ,次に2台ピアノに直された経緯がある。
ブラームスが弦楽五重奏版を破棄して,2台ピアノ用にこの作品を作り直したのは1864年の2月ころであった。4月にはタウジッヒと初演(ウィーンのムジークフェライン)しているが,この頃に名手タウジッヒと知り合ったことが,この編曲が生まれた一因かもしれない。実際,演奏上かなり難しいところがあり,「パガニーニ変奏曲」が生まれるきっかけともなったタウジッヒの,そしてブラームスのピアノの腕前を想像してみたくなる。
「ピアノ五重奏曲」との比較であるが,やはりブラームスの音楽的意図は,響きが単一指向的なピアノ版より,弦楽器を含む形態にあったと思わざるをえない。しかし,第1楽章や第3楽章などに見られる音響の壮麗さには,やはりピアノならではのものがある。逆に第2楽章などは旋律線が聴き取りにくい箇所が多く,ピアニストの解釈の見せ所と言えるだろう。
第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ へ短調 4/4拍子。ソナタ形式。第1主題は冒頭から2台のピアノによるユニゾンで現れる。第2主題は嬰ハ短調で,3連音符の上に奏される静かな性格のもの。暗さの中にも情熱的な気分のあふれた楽章である。
第2楽章 アンダンテ,ウン・ポーコ・アダージョ 変イ長調 3/4拍子 三部形式。穏やかな情緒を持つ音楽である。中間部はホ長調に転じ,3連音符の流れと6度の重音の旋律が特徴。
第3楽章 スケルツォ。アレグロ ハ短調 6/8拍子。シンコペーションで現れる主題, 2/4に転じて鋭くリズムを刻む第2主題,ブラームスが好んで用いたベートーヴェンの「運命の動機」もしばしば現れる情熱的なスケルツォ。
第4楽章 フィナーレ。ポーコ・ソステヌート 2/2拍子−−アレグロ・ノン・トロッポ へ短調 2/4拍子。不安定な調性で神秘的な気分に満ちた序奏のあと,低音で主題が登場する。ペータース版では,この楽章のテンポの変化する箇所の指示が「ピアノ五重奏曲」と異なっているが,おそらく同じように考えられるべきであろう。この楽章がピアノの演奏技巧上,極めて難しいものであることも特筆すべきである。

2台ピアノのためのハイドンの主題による変奏曲,作品56b
作曲 1873年,トゥツィング
初演 1874年2月10日,ウィーン(マルヴィーネ・フォン・ベンフェルトとガブリエル・ブラウナー)
出版 1873年,ジムロック

ブラームスは1883年の夏,ミュンヘンの近くにあるトゥツィングで避暑生活を送っていた。その時に書かれた大作である。同名の作品が管弦楽曲にもあるが(作品56a),どちらが先に書かれたかという問題は,ブラームス自身の言葉で「これはもともと管弦楽のための変奏曲だ(ジムロックへの手紙)」とあり,彼の「ピアノ協奏曲第1番」や「ピアノ五重奏曲」の作曲の経緯などを考えると、ピアノ音楽の形で構想したものをオーケストラへと発展させたという推理が自然なのであるが,現在では二つが並行して書かれたと考えられている。
管弦楽版と2台ピアノ版とを比べてみると,管弦楽版の方により細かいアーティキュレイションが見られるほか,速度標語の違い,強弱記号の違いなどが随所に見られ,ブラームスの音楽語法を考える上で実に興味深いものがある。曲は主題と8つの変奏、そして終曲から成り立っている。
主題 アンダンテ 変ロ長調 2/4拍子。ハイドンの「管楽器のためのディヴェルティメント」の第2楽章「聖アントーニのコラール」に基づくもの。
第1変奏 アンダンテ・コン・モート 変ロ長調。この変奏の速度表示「コン・モート(動きをもって)」という言葉は楽想を良く示すものだ。3連音符の静かな流れである。
第2変奏 ヴィヴァーチェ 変ロ短調 2/4拍子。 管弦楽版は「ピウ・ヴィヴァーチェ」。短調に転じ、6度のレガート(第1ピアノ)とスタッカートの動き(第2ピアノ)が効果的に組み合わされる。
第3変奏 コン・モート 変ロ長調。終始レガートで、穏やかな気分である。
第4変奏 アンダンテ 変ロ短調 3/8拍子となる。管弦楽版は「アンダンテ・コン・モート」。いわゆるロマン派の「性格変奏」の特徴を示すもので、拍子・性格とも主題の扱いは自由になってきている。
第5変奏 ポーコ・プレスト 変ロ長調 6/8拍子。管弦楽版では「ヴィヴァーチェ」。スケルツォ風の明るく快活な変奏。
第6変奏 ヴィヴァーチェ 変ロ長調 2/4拍子。主題の拍子に戻るが、曲の性格は前の曲から受け継がれている。
第7変奏 グラツィオーソ 変ロ長調 6/8拍子。パストラール(牧歌風の演劇、転じて牧歌風器楽曲の名称)の特徴を持ち、前の変奏中に現れた動機がこの曲を支配している。美しい変奏曲。
第8変奏 ポーコ・プレスト 変ロ短調 3/4拍子。管弦楽版では「プレスト・ノン・トロッポ」。テンポは速いのだが、どこか静かで神秘的な印象を受ける曲。
フィナーレ アンダンテ 変ロ長調 2/2拍子。パッサカリア形式である。これは主題が低音に示され、その上に和声的旋律的にさまざまな技術を用いて繰り広げられる変奏曲で、つまり「変奏曲」の中にもう一つ変奏曲のスタイルを持ち込んでいるのだ。このフィナーレはブラームスの天才を確実に示した、「ハイドン変奏曲」を締めくくるにふさわしいものである。

4手のためのハンガリー舞曲集,WoO 1
作曲 1868年(第1集・第2集)/1880年(第3集・第4集),ウィーン
初演第1集と第2集は1868年11月1日,オルデンブルク(ブラームスとクラーラ・シューマン),第3集と第4集は1880年5月3日,ボン(ブラームスとクラーラ・シューマン)。
出版 1869年,ジムロック(第1集・第2集)/1880年,ジムロック(第3集・第4集)

概説
この有名な作品は,ピアノ連弾曲がオリジナルである。ピアノ独奏版は,第10番までが作曲者自身によって編曲されており,管弦楽用の編曲はブラームスは第1・3・10番のみで,他はドヴォルザークほかのさまざまな作曲家によって行われた。
この曲集の成立は,ハンガリー系ヴァイオリニストのエドゥアルト・レメーニとの演奏旅行がきっかけとなったものである(1853年)。ブラームスはハンガリー民俗音楽の旋律をレメーニから聞き,暇があるごとにメモをしていたらしい。そして1869年にこの曲集を出版後,有名な裁判となるわけであるが,この問題の本質は,ヨアヒムが「要するにこの曲は共有財産なのである」といった言葉に集約されていると言えるだろう。ブラームスは「編曲」作品としてこの曲を出版した。そしてこの曲に聞かれるメロディーは,現在でもハンガリーの民族楽団で,彼らの演奏形態で演奏されているものなのである。
連弾曲としてのこの作品の意義は,当時のサロンにおける連弾の普及,および音楽の流行と関係がある。
連弾という演奏スタイルは,1760年代ころまでは(ピアノ用としては)なかったようなのであるが,ハイドンやモーツァルトの作品が登場し,19世紀に入ると,一方(通例では低いパート)が難しく書かれ,一方(高いパート)が易しく書かれた作品が多く見られるようになる。これは教育的な理由というより,サロンで誰でも演奏できるようにということだろう。奏者の手と手が交差するように書かれた曲も多く,男女で演奏する時など当時の社交界にはなかなか面白い用途があったと思われる。
また,この曲に見られる自由な音楽演奏スタイルの楽曲は、古典派時代からエキゾティックな魅力ということでさまざまな作品に取り入れられていたのだが(ハイドンやベートーヴェン,シューベルトの作品に例がある),ロマン派時代はリストの「ハンガリー狂詩曲」,ドップラーの「ハンガリア田園幻想曲」でお分かりのように,かなり人気のあるジャンルであった。この「ハンガリー舞曲」は,当時ピアノが各家庭に普及しており,しかもハンガリーや東欧趣味がウィーンの人気商品であったことをブラームスが見抜いていたということであり,実際,その楽譜はかなりの売れ行きを見せたのであった。
ブラームスの「ハンガリー舞曲」は,こうした時代の中にあって,彼自身の名声を非常に高いものにした作品なのであった。

第1番 アレグロ・モルト ト短調 2/4拍子。哀愁を帯びたメロディーが下降する分散和音で美しく色づけされる。この曲の例えば第9・10小節は,ハンガリー民俗バンドの演奏で聴くと単なるハ短調の属和音となっていることが多い(第15・16小節の和声感覚も同じ)が,ブラームスの編曲は和声的な味付けに工夫を凝らしていて,耳に心地よい。
第2番 アレグロ・ノン・アッサイ ニ短調 2/4拍子。第1番に比べると,テンポの変化が激しいことが特徴である。
第3番 アレグレット へ長調 2/4拍子。ブラームスによる管弦楽版では4小節の序奏があるが,連弾版にはない。穏やかな気分の曲であるが,中間部ではヴィヴァーチェ・ニ長調と変化する。
第4番 ポーコ・ソステヌート へ短調 2/4拍子。いかにもヴァイオリンの情緒纏綿(てんめん)とした演奏を思わせるメロディー。それを奏者の手を交差させて演奏させる面白さを持っている。テンポの動きも多く,例えば第15小節の“rit.molto”などはパウル・ユオンの編曲では省略されているが,それだけ連弾ならではの微妙なテンポなのであろう。
第5番 アレグロ 嬰へ短調 2/4拍子。最も有名な一曲。この曲はテンポの変化の激しさが大きな魅力として知られているのだが,中間部でのテンポの指示が(マルティン・シュメリングによる管弦楽版も同様)“poco rit.”であることは注目してよい。
第6番 ヴィヴァーチェ 変ニ長調 2/4拍子。明るさと賑やかな気分を特徴としている。
第7番 アレグレット イ長調 2/4拍子。即興風で,軽やかなメロディー。スタカートが多いのも特徴である。
第8番 プレスト イ短調 2/4拍子。第1番のリズムと似ている。流れのよさが目立つ曲である。
第9番 アレグロ・ノン・トロッポ ホ短調 2/4拍子。主題からして転調の多い曲で,独特の情緒を持っている。
第10番 プレスト ホ長調 2/4拍子。メロディーが二人の奏者に分散されていて,音のバランス作りにはセンスを要する。華やかな音楽。
第11番 ポーコ・アンダンテ ニ短調 2/4拍子。この曲の調性は他に「イ短調」「ハ長調」呼ばれることもあるが,ドリア旋法と解釈するのが妥当であろう。異国情緒的で不思議な世界である。
第12番 プレスト ニ短調 2/4拍子。目まぐるしく動く伴奏の上に,軽快な旋律が奏される。
第13番 アンダンティーノ・グラツィオーソ ニ長調 2/4拍子。落ち着いた気分で開始するが,ヴィヴァーチェ・ロ短調の部分は第12番の雰囲気と似ている。
第14番 ウン・ポーコ・アンダンテ ニ短調 2/4拍子。伴奏のトレモロが特徴。ドリア4度の和音が冒頭から効果的に使用され,どこか不安な気分に支配されている。
第15番 アレグレット・グラツィオーソ 変ロ長調 2/4拍子。この曲に聴かれる旋律は,リストの「ハンガリー狂詩曲第12番」にも現れるものである。
第16番 コン・モート へ短調 2/4拍子。第11番,第14番とともに完全にブラームスの創作とされる曲である。特徴ある増2度と,半音上げられた音階の第4音が効果的に聞こえる。
第17番 アンダンティーノ 嬰へ短調 2/4拍子。この曲はヴァイオリン独奏などにも編曲されて演奏されることが多い。情熱的で,哀愁を帯びた旋律が魅力的な一曲。
第18番 モルト・ヴィヴァーチェ ニ長調 2/4拍子。和声的で,軽快な動きを特徴とした曲。
第19番 アレグレット ロ短調 2/4拍子。カノンの技法が美しい効果を出している。テンポの動きが詳細に指定されていて,音楽の自由な呼吸を感じさせる作品。
第20番 ポーコ・アレグレット ホ短調 2/4拍子。この曲のメロディーは美しい。素朴な中に情感のこもった曲である。
第21番 ヴィヴァーチェ ホ短調 2/4拍子。メロディーはどこか第9番を思わせる。それに第1番や第2番でみられた音形も登場し,短いがフィナーレを華やかに締めくくる作品である。



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