ブラームスの歌曲作品

リート作品(3)

「ドイツ・リート」の発展については、シューベルト、シューマン、ヴォルフがよく話題に上がります。この3人の作曲家たちはドイツ・リートに新しい表現の可能性を切り開いたと言われます。例えば有名な「魔王」をゲーテが望まなかった通作形式で作曲したシューベルト、様々な詩人たちの詩を束ねて曲集にしたシューマンなどにその例を見ることができるでしょう(ヴォルフについてはいずれ書きたいと思っています)。しかしブラームスは作曲家主導の作曲法には疑問を抱いていたらしく、古典的な有節形式、三部形式などの曲を多く残しています。 ブラームスの歌曲の全貌について今までよく知らなかったため、少しずつ楽譜と詩を見比べ、演奏を聴いた印象を書き留めていくこととします。

※ 「作品番号」に色のついたものは伴奏を担当したことのある作品です。
※ 「曲名」に色のついたものは個人的に愛好する作品です。


作品番号 作曲年 曲名(詩) 特徴・感想
69-1 1877 嘆きI
Klage I (Jos.Wenzig/Aus dem Böhmischen)
失恋を歌ったボヘミアの詩をヴェンツィヒが自由に独訳したものらしい。民謡調だがどこか軽やかな雰囲気がある。「Unruhig」という指示は「1.落ち着かない、ソワソワした、ひとときもじっとしていない/2.不安な、動揺<心配>している(以下略)/3.安らかでない(眠りなど)/(以下略、『新現代独和辞典』)ということで、まさにそんな感じが伴奏で描き出されているようだ。
69-2 1877 嘆きII
Klage I (Jos.Wenzig/ Slowakisch)
愛する人と結ばれず他の人と結婚することにな辛い気持ちが歌われる。序奏で表れる Schleifer 的な動きが歌にも表れ、悲しみを強調しているようだ。古風な和声も効果的に使われている。
69-3 1877 別れ
Abschied (Jos.Wenzig
Böhmisch)
失恋と旅立ちが歌われるが曲想は穏やかである。長調ではあるがところどころ翳りのある和声が用いられており、歌詞との関係には注意したい。
69-4 1877 恋人の誓い
Des Liebsten Schwur (Jos.Wenzig/ Böhmischen)
父親の目を盗んで逢引きをする娘の気持ちが歌われる、楽し気で軽妙な雰囲気の一曲。
69-5 1877 鼓手の小唄
Tambourliedchen (Karl Candidus)
「強く太鼓をたたく、それくらいぼくは彼女を思っているのだ」と歌われる明るい歌。バスの動きが小太鼓の音を表していると思われる。
69-6 1877 海辺から
Vom Strande (J.v.Eichendorff/Nach dem Spanischen)
「私は岸辺から呼ぶ 失われた幸せを」と始まる言葉が三度繰り返され、その後で恋人が船で出ていく様子を嘆く気持ちが歌われる。詩の表現が巧みに音楽に生かされた名作だと思う。
69-7 1877 海を超えて
Über die See (Karl Lemcke)
恋人は海を越えて行ってしまった、という悲しみが歌われる。素朴な雰囲気だがそれが悲しみを良く表現していると思う。
69-8 1877 サロメ
Salome (Gottfried Keller)
AI で調べると「聖書のサロメ(洗礼者ヨハネの首を求めた人物)そのものではなく、ケラーの詩に基づいた、誇り高く激しい気性を持つ女性の恋心を歌ったものです」とのこと。「私の恋人がフィンチ【アトリ(花鶏)科の鳥、アトリ、ヒワ、カナリヤなど】のように歌うのなら私は夜鶯のように歌いましょう/私の彼が大山猫なら私は蛇になりましょう」と情熱的な心を歌う。こういう歌詞に基づき、音楽もかなり力強い性格だ。
69-9 1877 乙女の呪い
Mädchenfluch (Siegfrief Kapper/ Nach dem Serbischen)
恋人の不実から「神様、彼を首吊りの刑を課してください」と歌われる独特の歌。呪いの言葉のところでテンポが上がり、かなりドラマティックな音楽となっている。
70-1 1877 海辺の庭で
Im Garten am Seegestade (Karl Lemcke)
海辺の岩にある老木、小鳥たちは優しく歌う、そしてそれは音楽となる・・という詩に基づく。ポルタートで書かれた伴奏形の上で歌われる旋律が孤独な心を感じさせる名作だと思う。和声の変化は実に見事と言わざるを得ない。
70-2 1877 ひばりの歌
Lerchengesang (Karl Candidus)
静けさを歌う名作。歌(3連符)とピアノ(8分音符)のリズムが微妙にずれていることも、「遠い思い出が通り過ぎる」という心を美しく表現していると思う。
70-3 1876 セレナーデ
Serenade (Goethe)
愛しい人へのやさしい問いかけの歌。ピアノ伴奏のアルペッジョは「奇想曲 Op.76-1(1871年作曲)」を思わせるものがある。
70-4 1875 夕べの雨
Abendregen (Gottfried Keller)
「夕立」と訳す人もいる。暗い気持ちで歩いてゆくさすらい人が、虹に出会い、希望をもてるようになる様子が歌われる。終始静かな音楽となっているが、雨が上がって虹が出る情景が目に浮かぶような見事な作品だと思う。曲の冒頭はのちの「交響曲第4番」の主題を一瞬思わせる。この曲でも和声による表現の陰影が見事だ。(最後の和音は長10度を押さえる必要があるが原曲の C-dur を例えば A-dur などに移調したときに届かない人もいると思う。しかしここはアルペッジョ等で奏すると曲の印象が崩れるような感じもあるので、ピアニストを選ぶ作品かも知れない。)


参考文献:

喜多尾道冬 「ブラームスのリートの位置」 (音楽之友社編集・制作/ポリグラム発行 『ブラームス大全集』)、1996
西原稔 『作曲家◎人と作品 ブラームス』音楽之友社、2006
門馬直美 『ブラームス 大音楽家 人と作品10』 音楽之友社、昭和40年
三宅幸夫 『ブラームス ——カラー版作曲家の生涯——』新潮文庫、昭和61年
Geiringer, Karl; Brahms: His Life and Work (in collaboration with Irene Geiringer), Da Capo Press, 1981;
Neunzig, Hans, A: Johannes Brahms, Rowohlt Taschenbuch Werlag GmbH, Reinbek bei Hamburg, 1973 (邦訳『〈大作曲家〉ブラームス』山地良造訳、音楽之友社、1994

参考にしたドイツ語辞書:

相良守峯編『木村・相良独和辞典新訂』博友社、昭和38年
R.シンチンゲル編『新現代独和辞典』三修社、1993
国松孝二(編者代表)『小学館 独和大事典[第2版]コンパクト版』1985、小学館


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