ブラームスの歌曲作品

リート作品(2)

「ドイツ・リート」の発展については、シューベルト、シューマン、ヴォルフがよく話題に上がります。この3人の作曲家たちはドイツ・リートに新しい表現の可能性を切り開いたと言われます。例えば有名な「魔王」をゲーテが望まなかった通作形式で作曲したシューベルト、様々な詩人たちの詩を束ねて曲集にしたシューマンなどにその例を見ることができるでしょう(ヴォルフについてはいずれ書きたいと思っています)。しかしブラームスは作曲家主導の作曲法には疑問を抱いていたらしく、古典的な有節形式、三部形式などの曲を多く残しています。 ブラームスの歌曲の全貌について今までよく知らなかったため、少しずつ楽譜と詩を見比べ、演奏を聴いた印象を書き留めていくこととします。

※ 「作品番号」に色のついたものは伴奏を担当したことのある作品です。
※ 「曲名」に色のついたものは個人的に愛好する作品です。


作品番号 作曲年 曲名(詩) 特徴・感想
43-1 1864 永遠の愛について
Von ewiger Liebe (Jos.Wenzig (Nach dem Wendischen)
暗い森の野原、村から若者が出てきて恋人と話している情景。第2連からは対話となる。愛が裂かれることについて語る男性と、「私たちの愛は堅固です」と答える女性。伴奏形やテンポを変化させて二人の情熱が高まる様子が表現される。民謡風であるが、ロマンティックな作品だ。
43-2 1866 五月の歌
Die Mainacht (L.Hölty)
ルートヴィヒ・ヘルティの美しい詩に作曲されたブラームスの名作。第2連での情感表現が特に素晴らしい。シューベルト(D194,1815年)、ファニー・ヘンゼル(メンデルスゾーンの姉。1827年)もこの詩に作曲しており、聴き比べると作曲家の個性がそれぞれ表れており、たいへん勉強になる。
43-3 1859 私は角笛を涙の谷に鳴らす
Ich shell mein Horn ins Jammertal (Altdeutsch)
コラール風の1曲。「狩りをしていたが獲物が逃げてしまったんだ」「この猟はだめだと悟った」と歌われる古風な作品だ。
43-4 1857 ファルケンシュタイン氏の歌
Das Lied vom Herrn von Falkenstein (Aus Uhlands Volksliedern)
領主であるファルケンシュタインと乙女の対話を民謡風に描く。テンポをどんどん速めていくのが印象的である。
46-1 1864 花の冠
Die Kränze (Aus Polydora von Daumer)
Polydora はドイツの詩人・哲学者ゲオルク・フリードリヒ・ダウマー(Georg Friedrich Daumer, 1800-1875)の詩集『ポリドラ:世界詩的歌曲集 Polydora: Ein Weltpoetisches Liederbuch, 1855)』を指す(AIより)。中間部で短調に転じ「Die Teuere, die mir so ungelind(僕にはあんなに冷たい、愛する人に)」のところでの伴奏の表現が素晴らしいと思う。
46-2 1868 マジャール人
Magyarisch (Daumer)
曲名を「けだかき姿の中に」「気高き絵姿を見た時」とする人もいる。「気高い肖像(画)の瞳の中に見たのだ/あまりにも甘美な 魅惑の輝きを」と始まる詞で、素朴な愛が歌われた一曲であると思う。
46-3 1864 忘却の杯
Die Schale der Vergessenheit Hölty)
「忘却の川」とは「ギリシア神話の冥界を流れる川で、その水を飲むと生前の記憶がすべて消え去るとされる」とのこと(AIによる)。序奏なしで登場する伴奏の3連符が印象的だ。
46-4 1864 ナイティンゲールに
An die Nachtigall (Hölty)
心情の変化とともに変化する伴奏が美しい。とくに「Denn schon durchbebt die Tiefen meiner Seele dein schmelzend Ach.(私の心の奥深いところでは すでにお前のあこがれの叫びが震えている)」のところ。
47-1 1868 ことづて
Botschaft (Nach Hafis von Daumer)
「便り」「言いづて」などの訳もある。ペルシャ14世紀の詩ハーフィス」からの詩をダウマーがドイツ語に訳したもの。「風よ、やさしく愛をこめて愛しい人の頬を撫でよ」と歌われる。そよ風を表すような伴奏が非常に軽やかで美しいが、ブラームスらしい3度和音が多く、演奏技巧的に大変難しい。
47-2 1868 愛の炎
Liebesglut (Nach Hafis von Daumer)
「ハーフィス」からダウマーによるドイツ語訳というのは作品47-1と同様。非常に激しい気持ちを歌う前半と、「この永遠の運命はすべてのものに 自己の運命をどう選ぶか定めたのだ」と歌われる後半との対比が見事である。
47-3 1859 日曜日
Sonntag (Aus Uhlands Volksliedern)
ウーラント編の民謡による一曲。素朴な有節歌曲で「Wollte Gott, ich wr' heute bei ihr! (神様、今日彼女のそばに居られたらいいのに)と歌われる素朴で純情な青年の心が微笑ましい。※ 余計な話ではあるが、学生時代の授業でこの曲を勉強した際に「世界名歌曲全集 9 ブラームス歌曲集Ⅰ(音楽之友社)」で 「Das tausendschne Jungfrulein, Das tausendschne Herzelein」の訳が「かぎりなく美しい 乙女よ/かぎりなく美しい ぼくのハートよ」となっていたのがよく分からなかった。何で僕のハートを美しいと歌うのかな、と。「Herzelein」とは「[雅]=Herzchen」ということで「いとしの人(新現代独和辞典)」。当時まともに辞書を引いて調べようと思わなかったことを恥じる現在である。
47-4 1868 おお、愛らしい頬よ
O liebliche Wangen (Paul Flemming)
愛する女性への賛歌。気持ちの高まりがクレシェンド、リタルダンドなどで印象的に表現される。
47-5 1858 恋人の手紙
Die Liebende schreibt (Goethe)
女性の恋心を歌った歌曲。不安定な和声が気持ちを表しているように思われることと、第3連から第4連への音の使い方が見事だと思う。
48-1 1859-62 あの娘のもとへ
Der Gang zu Liebchen  (Böhmisch)
ボヘミア民謡。「月が低く輝いている。私は愛しい人の所へ行かねばならぬ」という歌詞。途中から animato になる感じは何となくショパンのワルツ嬰ハ短調を思わせるものがある。
48-2 1853 脱走兵
Der Überläufer (Aus der Knaben Wunderhorn)
「裏切り者」「心変わり」とも訳されることがある。Der Überläufer は男性名詞で、「《兵》投降者、脱走兵、《宗》棄(背)教者、《政》脱党者、変節者《猟》1歳(2歳とする辞書もある)の猪」等の意味だとのこと。「子供の不思議な角笛」よりの一曲で、歌詞を読むと「森の中の緑の草の上で 狩人が吹く角笛が聞こえますか? 緑の帽子をかぶったその狩人が 私の恋人を誘惑したのです」とあることから「脱走兵とは自分を裏切った恋人のことを比喩的に書いている」という考え方はなるほどと思わされる。第2連、第3連の最後で伴奏が立ち止まるような動きをするところに何とも言えない情緒を感じる。
48-3 1860 乙女の恋の嘆き
Liebesklage des Mädchens (Aus der Knaben Wunderhorn)
長調と短調の間をさまようような和声が独特である。
48-4 1868 黄金は愛に勝る
Gold überwiegtdie Liebe (Böhmisch)
Ⅳ度和音からの開始、ト長調へ向かう進行、ナポリ和音などに味わいのある1曲。
48-5 1858 涙の中のなぐさめ
Trostin Tränen (Goethe)
対話による歌詞が長調から短調の変化で美しく表現される一曲。
48-6 1868 幸運と健康は私から去った
Vergangen ist mir Glck und Heil (Altdeutsch)
コラール風に書かれた歌曲。ドリア4度の和音が昔の音楽を思わせ、聴き手を非常に落ち着いた気持ちにさせると思う。この曲には合唱版(作品62-7他)もあり、ハンブルク女声合唱団との関係があるらしい。
48-7 1867 秋の思い
Herbstgefühl (Schack)
静かな独白のように始まるが第2連では気持ちの高まりも見せる。再現部となり、最後の「Gib dich zur Ruh! Bald stirbt sie auch.」の部分の伴奏では、初期の名作「シューマンの主題による変奏曲」の最終変奏を思わせるものがある。この曲に聞こえる寂しさは非常にブラームスらしいと思う。
49-1 bis
1868
日曜日の朝に
Am Sonntag Morgen (A.d.Ital.Liederbuch von P.Heyse)
歌詞はパウル・ハイゼによる「イタリアの歌の本」による。「日曜日の朝、君がどこに行ったのかは知っている」との気持ちが歌われるが、短調の翳りの中に聞こえる軽快な伴奏が非常に魅力的だ。
49-2 bis
1868
すみれに寄せて
Am Sonntag Morgen (L.Hölty)
恋の苦しみをすみれに「この泉のほとりで彼女がお前を摘んで/胸に飾ったその時には/彼女にの心にそっと話してくれ」と託す内容の歌詞。名作だと思う。「O dann schmiege dich ihr ans Herz,und sag ihr」の部分の伴奏は「ピアノ協奏曲第2番」の第3楽章を思わせるものがある。
49-3 bis
1868
あこがれ
Sehnsucht (Aus dem Böhmischen)
Langsam と Lebhaft に分かれている。第5小節からの和声が絶妙だと思う。
49-4 1868 子守歌
Wiegenlied (Wunderhorn/G.Scherer)
「子供の不思議な角笛」からの第1連、ゲオルク・シェラー編『絵入りドイツ子供読本』からの童謡を改作した第2連という構成。伴奏のシンコペーションが心地よく、「子守歌」の名作と言えるだろう。
49-5 1867 たそがれ
Abenddämmerung (Adolf Friedr. von Schack)
3度ののパッセージは一見技巧的な音楽を思わせるが「Ruhig」で重厚な響きとなっている。第3連にみられるブラームスらしいポリリズムに特徴がある。
57-1 1871 森に囲まれた丘から
Von waldbekränzter Höhe
作品57はダウマー G.F.Daumer による恋愛詩に基づいた歌曲集である。作詞者表示は、海外の詩をダウマーが訳した場合のみ()で表示した。「森に囲まれた丘から 私は熱いまなざしをむける 愛でぬれた瞳で」と始まる歌詞。「ああ、雲たちのように私も漂って帰りたい おお友よ、あなたのところへ あなたのところへ!」とあるように恋人の所へ行くことができない苦しみを歌っているようだ。伴奏がピアニスティックで非常に魅力的な作品である。
57-2 1871 君が微笑みさえすれば
Wenn du nur zuweilen Lächelst (aus dem Persischen [Hafis])
終始穏やかな情緒につつまれた歌。「Und dich alles treiben lassen, Was der Liebe wehe tut.」と歌われる部分の和声が素晴らしいと思う。
57-3 1871 私は夢を見た
Es träumte mir (aus dem Spanischen)
第2曲と同じく穏やかな情緒の作品。ハープを思わせる伴奏形がときどき5連符、4連符と変化することで夢の中にいるような情緒が感じられるようだ。
57-4 1871 ああ、その眼差しをそらして
Ach, wende diesen Blick
「視線を向けて」と訳している人もいるようだが wenden は「回す、回転する、(の)向きを変える」なのでこの訳でよいのでないかと思う。長調で始まるがすぐに短調に転じ、何度も現れる不協和音が愛の苦しみを歌っているように思われる。
57-5 1871 あこがれの夜に
In meiner Nächte Sehnen
Agitato の指示。冒頭の言葉はいろいろな訳があるが「夜な夜な恋い焦がれながら」というGoogle の訳が興味深かった。常にトレモロで動く伴奏が焦燥感を見事に表しているように思う一曲。
57-6 1871 時にはやわらかな光が
Strahlt zuweilen auch ein mildes Licht
「時にはやわらかな光が」私に注がれることはあれど「慰めの身振りも我々の心をくだくことがある」と歌われる苦悩の歌だが、音楽は非常に穏やかである。
57-7 1871 真珠の首飾り
Die Schnur, die perl' an Perle (aus den Indischen)
「auf deiner schönen Brust」のところでの転調が美しい。最後で歌唱が伴奏と相違した掛留音の終止となっているのも印象的である。
57-8 1871 風もそよがぬ和やかな大気
Unbewegte laue Luft
ゆったりとしたテンポで古典的な香りをもって始まるが、「Aber im Gemüte schwillt/ Heiß Begierde mir だが、されど我が心には 暑い欲望の湧き起れり(渡辺護訳による)」の部分から Lebhaht となり、作品57の歌曲集を締めくくるにふさわしい感動的な盛り上がりを見せる。
58-1 1871 目隠し遊び
Blinde Kuh (Nach dem Italienischen von Aug.Kopisch)
「目隠し鬼ごっこ」という訳も辞書にはある。「暗闇の中を私はさがしに行く。お前はどこに隠れているのか」と歌われるが、解説を読むとこれは「恋の比喩」ということだそうで、走り回るような伴奏と歌との対比が面白い。
58-2 1871 雨の降る間に
Während des Regens (Aug.Kopisch)
雨が降っている間は彼女と一緒に居られるという気持ちを歌う。伴奏は雨音を表しているようだが、Lebhaft というかなり速いテンポである。
58-3 1871 つれない娘
Die Spröde (Aus dem Carabresischen von Aug.Kopisch)
カラブリアの詩によると書かれている。カラブリアとは「イタリア南部のカラブリア地方」のことで、この地の民謡は「陽気なリズムと情熱的な旋律が特徴」とのこと(AIによる)。「暗い森の中で見た一匹の牝虎も 私の涙でおとなしくすることができる」「大理石のような固い岩も 雨の水滴が落ちれば 柔らかな形になる」だが、・・・と歌われるつれない恋人の歌。3連符が支配する Grazioso の伴奏が美しい。最後が短調で終わるのも詩を良く表現していると思う。
58-4 1871 おお来たれ、やさしき夏の夜よ
O komme, holde Sommernacht (M.Grohe)
「Lebhaft und heimlich」という指示がある。3連符の心地よい流れが美しい作品である。
58-5 1871 憂鬱
Schwermut (Carl Candidus)
深い悲しみを歌う作品。後半では4/2拍子になり、伴奏の穏やかなアルペッジョが悲痛な心を美しく表現する。最後にある倍全音符(brevis/breve)はバッハの「Das Wohltemperierte Klavier」第2巻ホ長調などに例があるが、この時代では非常に珍しいと思う。
58-6 1871 街路にて
In der Gasse (Fr.Hebbel)
見下ろしている街路には昔彼女が住んでいた、と心の寂しさが表現されている。後半では「光を当てるものは世の中にたくさんあるのに」「“無”の場所のまわりに なぜそう幽霊のようにさまようのだ(渡辺護訳)」と変化し、音楽もアジタートとなる。
58-7 1871 過ぎ去ったこと
Vorüber (Fr.Hebbel)
夢の中に夜うぐいすの声がひびいていた」前半と「鳥たちはいなくなり、落ち葉が私を覆っていた」という後半。情景が変化する様子が効果的に表現されている作品だと思う。最後で歌われる「Doch leider noch nicht,wie am dunklern Ort,Vergluhte Asche der Staub.」の言葉には考えさせられるものがある。
58-8 1871 セレナーデ
Serenade (Adolf Friedr.von Schack)
歌詞の中に「私のツィターの音よ、ひびけ!」とあり、スタッカートの伴奏がそれを表していると思われる。中間部で拍子が変化し、彼女への気持ちを歌うところが素晴らしいと思う。
59-1 1870
/71
たそがれが降りてくる
Dämmrung senkte sich von oben (Goethe)
神秘的な詩の世界を見事の表現した名作だと思う。「Alles schwankt in's Ungewisse, Nebel schleichen in die Hoh' ・・すべてが不確さの中で揺れ、霧は高みへと這い上がる(渡辺護訳)」の部分から伴奏がバロック的な美しい動きを見せる部分は特に素晴らしい。
59-2 1873 湖上にて
Auf dem See (Carl Simrock)
主部は流れるようで解放感に満ちている。第3連で「Sturmend Herz,tu auf die Augen,荒れ狂う心よ・・・」となる部分での楽想の変化が見事だ。
59-3 1873 雨の歌
Regenlied (Kraus Groth)
「ヴァイオリン・ソナタ第1番」でも用いられたメロディーで知られる作品。歌詞の変化と共にゲネラルパウゼ、6連符、3/2拍子への変化など多彩な表情が魅力的な作品である。
59-4 1858?
1873迄改訂
余韻
Nachklang (Kraus Groth)
「残響」と訳す場合もある。59-3と同じメロディーだがこちらは簡潔にまとめられた一曲。
59-5 1873 アグネス
Agnes (E.Mörike)
3/4と2/4が交替する独特の音楽である。恋人が離れてしまった悲しみを歌っていると思われるが、どこか民謡調でもある。
59-6 1873 おやすみ
Eine gute, gute Nacht (Daumer)
題名の訳は他には「こよなき夜」「さよなら、さよなら」など。おやすみなさい、という言葉が空虚だと歌われるが、音楽はどこか子守歌のような印象がある。
59-7 1873 私の傷ついた心
Mein wundes Herz (Klaus Groth)
「傷ついた心は休息を欲している」と始まるが「あなたが私の心を包んでください」「あなたのやさしい光でほほえんでください」と恋人に救いを求める歌詞。各連の終りで長調に転じるのがその気持ちをよく表現しているように思う。
59-8 1873 あなたの青い瞳
Dein blaues Auge (Klaus Groth)
冷たい恋人へに対しての心を歌った曲。第2連で過去に「燃えるような目で私を見たこともあったのに」・・・と歌われるところの和声の変化が素晴らしいと思う。
63-1 1874 春のなぐさめ
Frühlingstrost (M.Schenkendorf)
私の周りにはスイセンの香りが漂い、春風が私に語りかける」と始まる春の歌。「Lebhaft」で明るく楽しい気分に見ている作品。6拍子で書かれているが伴奏が3/2拍子的になることが多いのが特徴。
63-2 1874 思い出
Erinnerung (M. Schenkendorf)
自然賛美の一曲。伴奏の音型および和声が微妙に変化していく流れが素晴らしい。
63-3 1874 ある絵姿に
An ein Bild (M. Schenkendorf)
絵姿(肖像画)に語りかける歌。第3連からテンポを速め、心の動きに沿った表現となる。
63-4 1874 鳩に寄せて
An ein Bild (M. Schenkendorf)
恋人への手紙を鳩に託する心を歌う。非常にかろやかな伴奏が美しい作品である。
63-5 1873 若き歌 I
Junge Lieder I(Felix Schumann)
当時19歳のフェリックス・シューマンによる歌詞。「私の愛はライラックのように緑、私の恋人は太陽のように美しい」と始まる恋の歌である。音楽がシューマン風のものになっていることにブラームスの気持ちを感じる。
63-6 1874 若き歌 II
Junge Lieder II(Felix Schumann)
63-5と同様にフェリックス・シューマンの詩による。和声進行に非常に美しさがある作品だと思う。
63-7 bis
1874
郷愁 I
Heimweh I(Klaus Groth)
ここから3曲が連作のようになってい曲名の訳は他には「懐郷」など。第1曲はかろやかな流れにのって歌われる。
63-8 1874 郷愁 II
Heimweh II(Klaus Groth)
「ああ、もしあの頃の愛しい子供時代への帰り道を知っていたら! ああ、なぜ私は幸せを追い求め、 母の手を離してしまったのだろう?」と歌われる情感のこもった詩に基づく非常に美しい1曲。歌の終止部分での和声進行(一瞬短調になる)に深い味わいがあると思う。
63-9 bis
1874
郷愁 III
Heimweh III(Klaus Groth)
軽やかで美しい伴奏である。特に第2連、第4連での和声感がすばらしいと思う。


参考文献:

喜多尾道冬 「ブラームスのリートの位置」 (音楽之友社編集・制作/ポリグラム発行 『ブラームス大全集』)、1996
西原稔 『作曲家◎人と作品 ブラームス』音楽之友社、2006
門馬直美 『ブラームス 大音楽家 人と作品10』 音楽之友社、昭和40年
三宅幸夫 『ブラームス ——カラー版作曲家の生涯——』新潮文庫、昭和61年
Geiringer, Karl; Brahms: His Life and Work (in collaboration with Irene Geiringer), Da Capo Press, 1981;
Neunzig, Hans, A: Johannes Brahms, Rowohlt Taschenbuch Werlag GmbH, Reinbek bei Hamburg, 1973 (邦訳『〈大作曲家〉ブラームス』山地良造訳、音楽之友社、1994

参考にしたドイツ語辞書:

相良守峯編『木村・相良独和辞典新訂』博友社、昭和38年
R.シンチンゲル編『新現代独和辞典』三修社、1993
国松孝二(編者代表)『小学館 独和大事典[第2版]コンパクト版』1985、小学館


Back