べートーヴェン「ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 ハ長調 作品56
べートーヴェンの作品の中では演奏効果に富んだ作品として知られている一曲である。何度か聴いたことはあったが、楽譜をまともに見たことが無かったので、今回ヘンレ版の全集を見ながら鑑賞してみた。演奏はオイストラフ、ロストロポーヴィチ、リヒテルが独奏者で、カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団という非常に有名な録音。CD化されてから聞いたのはこれが初めてである。
聴いてみて驚いたのは第2楽章ラルゴの音楽の大きさだった。ピアノが細かい音型で伴奏を担当していく部分など、ピアノ協奏曲第3番の緩徐楽章や、ピアノトリオ「幽霊」などを思わせるものがあり、演奏がまた素晴らしい。全体を通しても、ソリストはもちろん、カラヤン/ベルリンフィルの素晴らしい音楽を堪能した。
この曲は、べートーヴェンがパリへ旅行(移住?)して演奏会を計画していた頃の作品ということで、そのあたりの事情を考えながら聴くと、また違った印象があると思った。1802年「アミアンの和約」によりヨーロッパに10年ぶりで平和が訪れたこと、そしてナポレオンが「平和をもたらした人」としてヨーロッパで賛美されていたことが『史料で読み解くべートーヴェン(大崎滋生著、春秋社)』を読んで分かったのだが、そういう世界史の出来事と音楽が関係しているということはもっと認識するべきだと思う。「エロイカ」「クロイツェル(クレゼール)ソナタ」「ワルトシュタイン・ソナタ」など、この時期と思われる作品を眺めてみると、なるほど中期の充実したべートーヴェンの創作意欲を感じさせる曲ばかりで、当時のヨ−ロッパの文化を想像してみたくなる。パリでは「協奏交響曲」というジャンルが流行していたということ(平野昭『べートーヴェン』)も興味深い。その1年後にまた戦争がはじまり、ウィーン会議などを経てべートーヴェンの後期音楽へと時代は移っていくのであるが、例えば1920年代のパリの音楽文化が面白いように、1802〜08年頃についての音楽をもっと調べてみたいと思ったひと時であった。
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