ベストオブクラシック 選 佐藤卓史 ピアノ・リサイタル


   インターネットのおかげで最近は「聞き逃し番組を探す」のお世話になることが多い。若い頃は「週刊FM」「FM Fan」などを買っては番組の情報を得たものだが、それは放送時間を逃すと大変なことになるからだった。再放送というのもあるが、生放送の場合はほとんど期待できないので、その時間になると録音機器の前で待ち構えていたものである。現代は良い時代になったものだと思う。

   さて、佐藤卓史というピアニストはかなり前に一度、新宿文化センターで聴いた記憶がある。その時はプロコフィエフのソナタ第6番だったと思うが、感性豊かでピアニスティックな演奏だという印象だった。それからずいぶん経ち、彼がシューベルト国際コンクールで優勝してから「現代随一のシューベルト演奏家」言われているということは初めて知った。この作曲家についてはかなり興味があるので、今後もこのような演奏会は聞いてみたいと思っている。
   この演奏会はシューベルトのピアノ曲全曲演奏会(シュ−ベルト・チクルス)とのことで、調べてみると独奏曲だけではなく室内楽作品も演奏しているらしい。今回聞いたのは、まず「アレグレット ハ短調 D915」「ピアノ小品 ハ短調 D916c」という小品。晩年、べートーヴェン没後にハ短調の作品を多く書くようになったと放送での解説にあったが、成る程と思わせられるものがある。「アレグレット」は簡素な書法ながら深い情緒が伝わってくる名作。「ピアノ小品ハ短調」は演奏者による補筆完成版ということで、初めて聞く作品だった。かなり技巧的な作品で、この曲はロバート・レヴィンもウィーン原典版で補筆完成版を出版しているので、いずれ楽譜を見てみたい。
   次に「ピアノソナタ へ短調 D625(+D505)」。これも演奏者による補筆完成版である。アダージョを加えた版としてはヘンレ版でも見ることができるが、ウィーン原典版だとアダージョが第2楽章となっており、こちらを用いたと思われる。ヘンレ版もウィーン原典版も補筆が行われているが、今回の演奏はそのどちらでもない編曲となっており、大変興味深かった。特に第1楽章の再現部への入り方が面白く、その前の伴奏部分をそのまま継続させる方法である。実はこの作品は私も自分で補筆を行ったことがあり、その時は作曲者が残した断片を生かし、いったん半終止させる方法だった。シューベルトの未完の作品が本来どんな構想だったのか、想像するしかないのだが、こういう楽しみもあるように思う。ただ、個人的には展開部の最後に現れる保続音は変ロ短調のドミナントと考えるのが自然なように思っている。それゆえウィーン原典版でマルティーノ・ティリモが注解で書いているように、サブドミナントから開始する再現部という方法を支持したい。しかし、これも人によりいろいろな考えがあることだろう。コーダの作り方は素晴らしいもので、これは作曲者の心にかなり迫るものではないかと思った。

   次に「ピアノソナタ ハ短調」D958」が演奏された。晩年の傑作で、演奏も立派なものだった。久しぶりでシューベルトのピアノ曲を聞き、充実したひと時を過ごしたという感じがする。シューベルトの作品をまた見直してみたいと思った。


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